2007年12月21日 (金)

ソクーロフの『牡牛座』

いや~、昨日は自民党の平沢勝栄センセイが木曜スペシャルに出て、ぜーーーーんぜん証明されてない「予言」にものすごーーーく感心しちゃってましたね。脱力させていただきました。さすがモクスペ。月をなめてるのは民主党だけではないわけで。で、そんな番組を見ていたお前は何なのかって? い、いやその、ただ見てただけです。見てただけですってば(汗)。

まあそれはともかく。

先日、やっとソクーロフの『牡牛座』の試写に行ってきました。来年2月2日からパンドラの配給によってユーロスペースで公開予定。様々なオトナの事情(いやこれは政治的理由とかじゃなくて、主に上映権料の問題)で日本公開に時間がかかったけど、ようやく実現。2001年の作品なので、7年かかったことになりますにゃ。パンドラの代表取締役、中野理恵さんの粘り勝ち。こういう志のある配給会社がないとやっぱりダメっすね。映画に限らず、本とか音楽もそうだけど、作り手が「たとえ売れなくても良質のものさえ作っていればいい」みたいに思ってるだけじゃダメで、商売と志のバランスをとりながら作品を売り出してくれる出版社や配給会社がないと。

権力についての四部作のうちの第二作で、1922年、最初の脳梗塞発作に倒れた後、ゴーリキー市の別荘で療養するレーニンのとある一日を描いた映画。そこに訪ねてくるのはスターリン……

色調から構図、ストーリーの流れ、セリフの入るタイミング、エンドクレジットの音楽に至るまで、何もかもがめいっぱいソクーロフソクーロフした映画。カンヌに招聘されたのも、でもパルム・ドールを逃したのも当然かもしれない映画。すでによく知れ渡った独自の作風を持っているからこそ、もう一声何かないと、自分自身に負けるような形で賞に届かない、という気がしないでもないです。まあそうでなくとも、セレブだの評論家だのマスコミだのがわらわらと集まってきて、妙にマンセーでお祭りな映画祭という場で上映してそのよさが味わえる作品ではないよなあ。そういう場とはかけ離れた何処か──レイトショーとか、平日のミニシアターとか──で見るべき映画。DVDで見てしまうという手もあるけど、でもやっぱり、これはスクリーンで見たほうがいいすよ。大きい画面で見ると、ソクーロフの映像世界に包み込まれてゆくような感じ。ストライクゾーンど真ん中のいかにもソクーロフな映画が見たい!という向きには、他のどの作品よりオススメかもです。

でも実は『牡牛座』の前(1月19日~2月1日)には、同じくユーロスペースでソクーロフの映画14本(!)が見られてしまうのだそうだ。むむう、何と恐ろしい。『エルミタージュ幻想』もスクリーンで見られてしまうのね。でもあれ、体力がある時に気合入れて見ないとすげー疲れます(笑)。でもこれを逃したら次はいつスクリーンで見られるのやら。消耗覚悟で行くしかないな……

ワタクシはこの『牡牛座』のパンフに一筆書きますです。2001年に、ソクーロフに直接してみたある質問と、その答えについて。ソクーロフ関係ではまだ何処にも出ていないネタです。

あ、そうそう、ちなみに、権力についての四部作っていうのは、第一作がヒトラーを描いた『モレク神』、第三作が例の『太陽』。で、第四作は、特に誰か特定の個人をテーマにしたものではなくて、『ファウスト』をフィーチャーした作品になるらしい。来年にはクランク・インの予定とか。まあソクーロフなら来年と言ったら本当に来年にはやるでしょう。え? 権力についての四部作だったら第四作はプ……あ、いえ、何でもないです! 何でもないですってば(汗)!

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2007年7月27日 (金)

ロシア文学と映画

これもまた「誰がつけたんじゃ」というタイトルですが……

ちうことで24日火曜日、文京シビックセンターで『少年たち/「カラマーゾフの兄弟」より』(1990年/レニータ・グリゴリーエワ&ユーリー・グリゴリーエフ監督)+亀山郁夫&沼野充義トークと、『私は二十歳』(1962年/マルレン・フツィーエフ監督)の上映なんていうのがありました。私は投薬ローテーション上どうしても変更できない予約が病院に入っていたので後半のみ参加。

『少年たち』は、『カラマーゾフ』のイリューシャのエピソードのところだけを抜き出して映画化したもの。さすがにあれを全部映画化するのは難しいですわな。原作に忠実に映画化するというのが監督の長年の望みだったそうで、ペレストロイカ後にようやく実現したのが本作。そうであるだけに、原作再現度はめっちゃ高いらしいです(私は見てないんで、歯切れの悪い話ですんません)。ちなみにいじめっ子コーリャ・クラソートキンを演じているドミトリー・ドストエフスキーは、ドストエフスキーのマジ子孫だそうです。

「亀ちゃんVSぬまのっち」デスマッチの第二ラウンド(司会はウチのセンセイ、井上徹でした)は……あんまりデスマッチじゃなかったらしい。さすがの亀山さんも日曜日のシンポジウムでアドレナリンとセロトニンを分泌し過ぎたのか。録音でもしといてもらえばよかったなあ。

そして最後の『私は二十歳』ですが……さすがに198分は長いよ……orz いやしかし、そうであるだけに今回見なかったら一生見なかったかも。早い話、若い男女が出会ってから別れるまで、みたいなストーリーなわけですが、ソ連のいわゆる「雪どけ」期の世代間の考えの違いや若手芸術家の活動等が織り込まれていて、それ自体が要ともなっている映画。

「若手芸術家の集い」のシーン(詩の朗読を延々とやるわけですよ、これが!)には、ヴォズネセンスキーやエフトシェンコ等本人が出演。トリで歌ったオクジャワ……わ、若い……(当たり前)。実は若い頃のタルコフスキーなんかも端役で出ているらしいんだけど、さすがにこれは分からなかった……

しかし、何よりも映像と音が美しいですね。私は視覚芸術に関しては今ひとつ鈍感かもしれない系の人間ですが、これは美しいと思った。カット割りは長くて、こういう映像作りってタルコフスキーやソクーロフにつながってゆくのだろうか、と思うところもあり。音響も、音楽のみならず、効果音すべてにわたってかなりこだわって作っている様子。とても60年代初頭とは思えないいい音。

実はこの映画、ペレストロイカ後に作ったディレクターズ・カット版があるらしい。うーん。しかし……どうなんだろう。見てないから何とも言えないんだけど、この「雪どけ」時代ヴァージョン自体、作品としてとても優れていると思うので、果たして思想的に自由な状態で監督の思い通りに編集したからといって、「作品として」これ以上に優れたものになっているかどうかは保証の限りじゃないとは思う……

平日の企画であったにも関わらず、延べ500人ほどは来場したそうで、イベントとしてはけっこう成功であった様子。『私は二十歳』の入場者も、わりと若い人が見に来てたのでした。よ、よかった……

その後、映写にタダ働きで協力してくれた(アキバで知る人ぞ知る)千田浩司さんと井上と私でラクーアのインド料理を食べに行ったら……ドームの巨人戦は終わっていないらしくて、ついにラクーアの飲食街は混まないままオーダーストップ。ううむ、こちらも平日なのにお疲れ様でした……

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2007年7月 6日 (金)

もしかしたら行かなければ良かったかもしれない「国立ロシア美術館展」

あ゛~、すんません。ちょっと沈没中で。体調もわろし。ただでさえ今頃の時期は年間最悪の「底」なんだけど……その他にもまあ、いろいろとございまして……。下記のさだまさしコンサートの後にも、今週は連日コンサート等の予定があったのですが(実は今日もあった)、出かけられないヒトになってしまって全部没……orz ま、ちょっとは出かけられるのが午後の明るいうちだけかなー。でも自分はまだ大丈夫だと自分に納得させるためなのか、それともただ単にもう終わっちゃうからしょうがないからなのか、上野の東京都美術館に「国立ロシア美術館展」を見に行ってきました。もう明後日で終わっちゃうつーの。

ペテルブルクのロシア美術館の収蔵品を持ってくる企画。いちおう美術館単位では「本邦初公開」ということだけと、何点かは十年以上前に日本に来たもの(ヤロシェンコとか)。

いやしかし……はっきり言ったほうがいいよね……わたしゃかれこれ四十年生きてますが、こんなに活気のない特別展は初めてっす。

そしてこんなに観客の年齢層が高い展覧会も見たことない……。そりゃ軸ものの展示なんかは年齢層は高めになるけど、どこの展覧会にも必ずいるはずの「いかにもアート系でーす!」というカップルを二時間中一度も見かけなかったのは初めてだ。

そして会期末なのにこんなに人が入っていない特別展も、全然なかったわけじゃないと思うけど思い出せない。展示がマニアック過ぎて(国立西洋美術館の「聖杯」展とか)人が少ない展覧会もあったけど、そういうマニアック系は見に来てる人の覇気が違うし、展示品を選んだ側の覇気も違うので、案外、生命力があるもんです。

しかし……

まず何と言っても今回の展示、作品の選び方を間違えたとしか言いようがない……。そりゃロシア美術館の主戦力であるレーピンやアイヴァゾフスキーを多めに持ってきたのは良かったと思う。私もペテルブルクで見てないものを見られたから嬉しいし。その他も一点一点はもちろん秀逸なんだけど、でもね、それでもやっぱりあえて言おう、選択を間違えた、と。

何故マレーヴィチを持ってこない? 何故バクストを持ってこない? 何故レーリヒを、フィローノフを持ってこない? つーか、ロシアン・アヴァンギャルド完全黙殺かよ!

展示の統一性がなくなる? そんなちいせえことを気にしていて展覧会ができるかってぇんだよべらぼうめ。あまりにも「まっとう過ぎる具象画」ばかり持ってきた結果、全体としてはなんかこう「滅びた古い文明の名残」展、みたいな感じになっちゃってるじゃん。実際のロシア美術館はこんなんじゃないんだよう、信じてくれええ(泣)。こういうまともすぎるアカデミックな絵からフィローノフの狂った偏執画(?)、セ-ロフの舞台美術、ラヴクラフトが絶賛したレーリヒ、そして言わずと知れたシュプレマティズムの雄マレーヴィチ等々まで(というか、実は民芸品とかもある)があの広すぎる館内に展開してて、多分日本人のほとんどが想像したことさえないであろうロシア美術の広大無辺な世界が広がってたりするのです。

なのに……

アカデミックすぎる展示を年配の人たちが黙って見ているだけの特別展になってしまったよ。90年代に似たような傾向で何度かロシア美術の展覧会があったけど、その時はこんなじゃなかったんだけどなあ。実感として、この10年くらいで急速に事態が悪化してるような気がするわけです(というか、「気がする」だけじゃないわけで)。なんかもう、私一人が何言ってもムダかなあ、という無力感が……。失敗したジャンヌ・ダルクになる悪寒。もうね、ロシアはいっぺん、日本での文化交流の担い手が高齢化の後にいなくなるというカタストロフに直面してショックを受けるべきかもね。再建に半世紀はかかるだろうけど。

精神的ダメージが大きい……。ううっ。もしかしたら行かなかったほうが気が楽だったかも。

ああせめてマレーヴィチ一点だけでも……orz 「黒い正方形」を持ってこいとは言わないけどさー。そういやロシア美術館は、ミュージアム・ショップで「マレーヴィチ・マトリョーシカ」を売っているのであった。ものすごく高価なシロモノで、丸の数を見ただけで買う気ナッシング。いやでも本当は欲しいです。

あと二日しかないけど、駆け込みで行こうと思ってた方々、お薦めしないです……orz どうせならペテルブルクの「本物」に行っちゃいましょう。もっとも、ペテルブルクなんて街が実在すれば、の話ですが(笑)。いや、あれは幻覚だから。泥炭地にピョートル大帝の丸木小屋の残骸が残ってるだけだから。

Russianmuseum というわけで、まとまりのない感想を書きつつ、こんなものを貼って終わりにしよう。2005年に私が撮ったロシア美術館の写真です。スゲー曲がってますが(笑)。

あまりにもダメージが大きかったので、帰りに科学博物館に寄ってミュージアムショップの恐竜ネクタイを買った。ちょっとは気が晴れた……かなあ……?

何故かロシア文化フェスティバル2007のプログラムじゃなかったということに今の今まで気がつかなかったのですが、もともと、「周辺情報も」というつもりのカテゴリなので、こっちに入れときます。

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2007年6月 3日 (日)

ロシア映画祭代替イベント決定

去年、若い世代の動員がえらく少なくて、今年はいきなり芸能人を宣伝に引き込んだわりに、実際には若い世代の支持が一番高かった映画祭をお取り潰しにした意図不明なロシア文化フェスティバル……。何がやりたいんだかわかんないよう。映画祭の残党は本体とは別に救済策を模索しておりました。で、ようやくこのようなことに。

7月24日(火) 文京区区制60周年記念事業 ロシア文学と映画

第1部 13:30

映画『少年たち/『カラマーゾフの兄弟』より』(1990年、レニータ・グリゴリエワ、ユーリー・グリゴリエフ監督。19世紀の文豪ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の一章を映画化)

トーク:亀山郁夫氏(東京外国語大学教授)・沼野充義氏(東京大学大学院教授)

第2部 17:30

映画『私は20歳』(1962年、マルレン・フツィーエフ監督。雪どけの時代の若者文化を描いた名作。当時一世を風靡した詩人やシンガーソングライターたちが出演する伝説の舞台が最大の見所。ロシアにおいて文学者が社会に及ぼす影響力の大きさが見て取れる。)

文京シビックホール・小ホール

主催:(財)文京アカデミー、ロシア・ソビエト映画祭実行委員会

問合せ:ロシア・ソビエト映画祭実行委員会03-3429-8231

入場無料(入場券は文京区および実行委員会を通じて事前配布、場内に余裕がある場合は当日来場者にもご入場いただく

今まで見る機会のなかったレアな映画をいろいろ見られるのがあの映画祭の最大の魅力ではあったわけですが、今回は古典と比較的新しいもの1本ずつでカンベンしてくらさい……orz 亀山さんと沼野さんのコラボというのは、実は案外機会がないんで、この際ですので是非聴きに来てくださいませ。

来年こそはリベンジを図りたいもんですのう……。『第九中隊』(ロシアン・プラトーンみたいなアフガン戦争もの)とか、『デイ・ウォッチ』とか、新しいところでも本当はいろいろいい映画はありますねん。上映する機会を作ってくれよホンマに~>意図不明な実行委員会。それなり数の映画ファンの意見が集まったら、署名活動でもしますかねえ……

というわけで、7月24日、よろしくなのであります! 

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2007年5月13日 (日)

ミハイル・プレトニョフPf引退説?!

プレトニョフがピアノの舞台をキャンセルしまくり、ピアノ引退説が流れているようで。実際、日本での公演もキャンセル、サイトには「引退」と書かれたようです。

ロシア文化フェスティバでの公演はロシア・ナショナル管の指揮に変更になってますね(い、いつの間に……こういうのも公式サイトは告知しないのか?!)。

しかし、聴き手にとっちゃ気になる話である。そもそもプレトニョフはピアニストじゃーん。ピアニストが指揮にも手を出した(という言い方も何ですが)のパターン。モーツァルト弾きのピアニストが指揮もしながら協奏曲を弾く、のパターンから拡大し(そういやツィマーマンがショパンでこれやってたよね)……というのとは違い、プレトニョフはわりと最初から、ピアノのにニオイさえしない曲とガチンコ勝負しているので、管弦楽に対する志はピアノと同等か、あるいはそれ以上か……と初期のころから思わせるところがありましたねえ。

ワタシ的には、オケよりピアノのほうがツボかなあ、とちょっと思わんでもないです……が、プロコフィエフはピアノでもオケでもツボ。バレエの『シンデレラ』全曲版はプレトニョフ盤が一番好きだ。そういや彼は『眠れる森の美女』全曲なんかも録音してましたね。バレエの美味しいとこ取り抜粋版じゃなくて全曲版を録音するのって、劇場たたきあげ系でない人には珍しいことですよ。もちろん、バレエファンの耳には「踊れないよ~!」に聴こえ、ノリが違ってしまうわけですが。しかしプレトニョフとしてはおそらく、「舞台の伴奏音楽としてではなく、独立した管弦楽作品としての表現を追及したい」というところなのではないかと。そういうとこ見ても、やっぱり管弦楽への志はハンパではありませんでしょう。

器楽か声楽とかって、己れの意思とは関係なく、肉体的「限界」と直面することが(わりとしょっちゅう)ある。他人の耳には「いつもと同じじゃん。ていうか、今日はちょっと調子いいくらい?」と聴こえても、自分的にはなんか風向きが違うと感じることも。プレトニョフ自身は「引退」とは明言していないものの、この先、人前で弾くことはないような、微妙な発言らしい。自分の意思で「選ぶ」のではない要因の存在があるのでは……と、ちょっと憶測してみたり。

情報を寄せてくださったのはKeikoshkaさん。下記の「ロシア映画祭代替イベント」のエントリの書き込みです(Keikoshkaさん、サイト、ブログ等ありましたらお教えください。リンクします)。気合の入った追っかけですのう(賞賛で言ってます)。私の友人にもウェルザー・メスト公認の「世界一のファン」がいるけど、どっちも羨ましい。あたしゃ~トレヴァー・ホーンの出待ちもできないっすorz

何にしても、プレトニョフ、気になる話です。いつか(近いうちに)、本人の口から何かが語られることを、そしてその内容が前向きであることを祈ります。そんでもってまたプロコフィエフ録音してね。ピアノでもオケでもいいんで。

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2007年5月 4日 (金)

ロシア映画祭代替イベント

えー。

ロシア文化フェスティバル関係ですが。

実行委員はちょっと……ですが、私としてはイベント自体、ロシア自体の味方ではあるので、支援は続けます。

というわけで。

映画祭は一番人気であったにもかかわらずどういうわけか潰されちゃったのですが、その代替イベントが別件で企画されております。詳細は今月中に正式に発表できるようです。相変わらず映画祭に関する検索の方はいらっしゃいますし、事情が分かれば説明して欲しい、という方もいらっしゃいますが……。当面、本来の映画祭自体は「なかったこと」にしといて下さい(泣)。事情に関しては、神様はきっと見ていてくれる、と私は信じています……

代替イベントはええねんけど、こんなんでええんかいのう、という思いは変わらず。下記のロゴ使用云々に関しても、どうやら、実行委員会がちゃんと抗議してきたとかじゃなくて、周囲の人が井上に対して勝手に言ってきたというのが実態「らしい」。何故「らしい」なのかというと……まあ、井上もいろいろと縛られてますから……。少なくとも、「実行委員会が文句をつけてきた」という事実はないようです。そのことに関しては訂正いたします。ただ、こういう「口出し」が出てくること自体も、それに対して実行委員会がどう反応したかが不明なあたりも、混乱があることは否定できない様子。

何にしても。

「今」はまだいいかもしれない。けど、後進を育てるどころかそのやろうとすることをいちいち潰し、高齢化してゆく状態で、二年後、三年後にどうなっているのか、いや十年後にこういうイベントを主催できる組織・人材がいるのかどうか。何事もヘッドというのはそれなりの年配の方々なので、たとえ会議の場などで顔を合わせていたとしても、ロシア側は別にそれは不思議にもなんとも思わないだろうし、ましてや彼らの背後に若い世代が育っていないことにも気づかないでしょう……

事件は会議室で起こってるんじゃない、現場で起こってるんだ!

と誰か関係者が声を上げない限り。

部外者のクセに何を心配してるのかって? いや部外者だからこそ心配するのでしょう。手の打ちようがないわけだし。今からでも遅くはないので(いや今年はもう遅いけど、来年、再来年以降の話ね)、もっと後進を育てる努力、役得のありそうな身内だけで固まらない体制に向かっていって欲しいことです。

代替イベントの詳細は今月中にお知らせします。もうちょっとお待ちくださいませ。

こちらに続報をupしました(6月日記)。2

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2007年4月19日 (木)

最悪……ロシア文化フェスティバル事務局

ああ……事務局にもともとあまりいい噂はなかったけど、これほどとは……

ロシア文化フェスティバル2007、公式サイトが「いつのまにか」できてたそうです。

で。

私にではなく、うちのダンナに「ロゴを使うな」という通達が来たのみ(この件に関しては上記のエントリに追加があります)。

開設3ヶ月ちょっとで1000を越えるアクセスをたたき出した非公式サイトの協力に対しての礼はいっさい無し。

こういう人たちがやってるのかと思うと悲しいねえ。映画祭がダメになったり、日本ユーラシア協会と険悪になったり、すでにろくなことはなかったんだけど。ロシアそのもののイメージダウンになるのでは。大使館はどう思ってるのでしょうか。パブリック・ディプロマシーとしては成功とは言えなくなるのでは……。そういうことってチェックしないもんなのかなあ。

ま、今からでも遅くは無いので、オープニングに招待する程度のことはしてほしいもんです(笑)。でもこのエントリは削除しないよ。プロ作家がやってるんだから取り込んどいたほうが得策という計算さえないのか(笑)。

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2007年3月20日 (火)

ロシア皇帝の至宝展オープニング

ロシア文化フェスティバル2007関係。

今日から江戸東京博物館でロシア皇帝の至宝展なんていうスゴイ特別展が始まるのであった。というわけで昨日、開会に先立って内覧会があったので、井上にくっついて行く。ちょこっと主催者側の挨拶があるくらいで放置内覧会・放置立食だろうと思って高をくくっていたら、ロシア大使臨席でえらいひと系の挨拶のある立派なセレモニーをホールでやったのであった。

Kremlin_1 写真はいつの間にか着任していた(失礼な!)新大使ミハイル・ベールイ閣下(『ペテルブルク』の作者と血縁かどうかは不明)。右側の来賓席左端の女性はクレムリン博物館のエレーナ・ガガーリナ館長(宇宙飛行士と血縁かどうかは不明)。新任大使は男前、館長は美人な上に声が可愛らしいのであった。図版の写真より実物のほうがずっとキレイだよん。そういうところばかり見ていていいのか(こちらにベールイ大使のもっと良く撮れた写真upしました)。

展示は、バブル時代のようにぶったまげるほどではないかもしれないけど(いやもうああいう時代は来ないでしょう)、よく貸してくれたなあ、というものばかり。クレムリンの宝物庫は見学かけっこう面倒なんだよね。ツアーでもコースに含まれないのがフツウで、そうそう見られるもんでもないので、もう今見ておくのが吉かと。

やっぱり驚くのは宝石類の大きさと貴金属の厚みかなあ……。どんだけ人民を搾取していたことやら……。さっさと革命が起こっちゃったフランスの比でさえ無い。しかも宝石類は18世紀になっても、とても18世紀とは思えない古いスタイルのカットで、カット自体もわりと大雑把。いやロシアの皇族・貴族から見たら、小さな宝石を可能な限り輝かせようとしていたアムステルダムの職人たちの努力はいじましいと思ったかも……。あくまでも大きさで勝負か(笑)。なんか贅沢のケタが違うって感じ。

いつの間にか泰西ナイズドされた我々の眼には、そういう方向性はかなり神秘的に映りますね。私のような露ヲタの人はそれなりに見慣れているけど、それでも、やっぱり敷居高いな……という気がしないでもないです(汗)。

特にイコン飾りや聖具は日本ではなかなか見られないだけに、これだけ見に来ても充分価値あり。内覧会には正教の東京主教猊下(だと思う)も来ておられて、武具とか肖像画とかの俗世のものには見向きもしないのに、十字架や香炉などの聖具には食い入るように見入ってて他の人に説明しまくってましたねえ。テレビ局も来てました。来月、TBSで特番やるそうです。

展示はええねんけど、解説文がちょっと不安。専門用語をカタカナ語で丸投げし過ぎ。多少生硬になっても、漢字化したほうが日本人には意味が取れるけどねえ。図版に関わっているのは美術関係の人だけなのかなあ。これまでの史学的、文献学的な蓄積が生きてない感じ。よけい敷居を高くしてしまうと思うんだが……

ピロシキと紅茶等を飲み食いして帰還。ナマで西本智実さまが拝めたりしてラッキー。展覧会の関連イベントとしてコンサートもやるそうです。いいなあ。

展覧会の会期は3月20日から6月17日まで。その後7月10日から9月17日まで、大阪の国立国際美術館に巡回。売店で売ってるTシャツの「マトリョーシカ」の綴りがお約束で間違ってるそうなのがちょっとなあ。買うならそのへんは覚悟してね。

しかし、江戸東京博物館なんていう場所でロシアものの特別展をやるなんて、まるで私にもっと仕事しろと言っているような……。いや去年から書いていると何度も云うてる「ボリス・ゴドゥノフ」ネタの長編(書き直しが多くてなかなか進みませんが)というのがですね、実は江戸とロシアを行き来するような話で……。最初はもっとまともな企画だったんですが、いったんアレ化すると止めようがなくて……。『ムジカ・マキーナ』路線をお望みの方々には満足していただけるかと……。え、ええ、も、もちろん書いております書いてますってば。

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2007年1月26日 (金)

「蒼ざめた馬(死という名の騎士)」と「牡牛座」

おおおおお、「死という名の騎士」での検索、ごっつ増えてますねえ。それもそのはずかもしれん。日本での公開が決まりました~。もう表沙汰にしてもいいみたいなので書きます。

去年さんざん話題にした、ロシア・ソビエト映画祭のオープニング作品、映画『死という名の騎士』、今年の秋にパンドラが配給します。秋かあ……。すげー未来のような気がしちゃいますけどね。場所はさすがにまだ未定。タイトルもロープシンの原作と連動して『蒼ざめた馬』にするそうで。しかもコレ、「ロシア革命70周年(←とりあえずつっこまないでおいて下さい。只今問い合わせ中……)記念特別連続上映」ということでソクーロフの『牡牛座』もほぼ同時期に上映するそうです。

ボルシェヴィキとエスエル戦闘団揃い踏みかぁ……。なんかちょっとウケますね。というか、ちょっと萌えます(笑)。

『牡牛座』はねぇ……まあいろいろいろいろあって日本での公開が延びちゃってましたが、やっと見られます。パンドラが配給するんだったら、少なくとも東京と大阪では見られるはず。というか、このラインナップだったらもっとあっちこっちでやるのでは。

ちうことで、取り急ぎ、お知らせまで。

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2007年1月16日 (火)

まだまだ更新ロシア文化フェスサイト

下記のサイト、ロシア文化フェスティバル2006の主なプログラムと、ロシア・ソビエト映画祭2006での上映作品をリストアップしました。ぜーはーぜーはー(倒)。何をやってるんだ>ぢぶん。でも、毒を食らわば皿までってやつですか。

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2007年1月14日 (日)

ロシア文化フェスティバル2007/ロシア・ソビエト映画祭2007非公式サイト

実はこのブログに検索で来る人の30%超が、ロシア文化フェステイバル及びロシア・ソビエト映画祭関連の検索語で来るのですよ。中には相当切羽詰ったようにいろんなキーワードで検索しまくっている人もいて、気の毒というか申し訳ないというか、何とかできないかなあ、とは思っていたのです。正直、公式サイトはえらくヌルイし、イベントはやりっぱなしでレポートもへったくれもないし……(まあ、事後のことを知りたい人は日本ユーラシア協会の機関紙を買えということでしょうかね)。

機関紙も、イベントがいかに成功したかを華々しく喧伝するばかりであるあたり、懐かしいクレムリン公式発表を髣髴とさせるものがありますが……ここで部外者がこんなこと書くと怒られるかもしれないけど、日本ユーラシア協会、高齢化、人手不足&地方組織手薄で、実際はかなりヤバイです。今年は創立50周年記念だそうですが、云いたかないけど、過去の栄光を振り返ってる場合か~? こういう文化フェスなんかも、今回の五年計画が終わったら「次」はないかもね……と正直、思ってます。そんなありさまなので……まあ、ここはひとつ、微力ながら私が情報サイトを作りますかね、とちょっと思いまして。

で。

ロシア文化フェスティバル/ロシア・ソビエト映画祭非公式サイト

なんていうのを作りました。

日本ユーラシア協会を批判しまくりながらこういう勝手なことをして、と文句もあろうかと思いますが、文句があるならてめえらでちゃんとやれ、と。やる気あんのか君ら?と。

今年のイベントに関しては、情報は入り次第、更新してゆきます。最も検索が多い映画祭ですが、今現在、東京会場は文京シビックセンターに決定、作品の選定とスケジュール調整が行われている最中です。

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2006年12月25日 (月)

やっぱりシメはガルージン公使にお願いします

前回の日記、カッコイイとか髪がサラサラとかそんな話ばっかりで、科学に関する考察はゼロですね。お里が知れるっていうやつですねorz

さて。

Rusfeslogo_mini_3 21日、今年一年続いた「ロシア文化フェスティバル2006」も、いよいよクロージングとなりました。動員数、評判ともに想定外なほど良かったそうで、大使館的にはかなーり嬉しいのだそうで。来年も期間は7~10月と短くなるけど、また「続き」をやるそうです。映画祭もやるよん。検索でこの日記に来る人の実に20%近くがロシア・ソビエト映画祭関連のキーワードを使ってるし、映画祭やってた頃だけじゃなくて、今なおその手の検索が来るので、ものすごく大勢の人がとは言わないまでも、一定の関心はある様子。今やGoogleで『死という名の騎士』で検索すると私の日記が一番上に来るのだうははははは。勝手に広報冥利に尽きるというものでございます。

で。

クロージング公演は新国立劇場の中劇場で、チェーホフ記念モスクワ芸術座の『リア王』(翻訳はパステルナーク版、演出は鈴木忠志)の上演。『リア王』は一度静岡で上演されてて、その話を聞いて「一度見てみたい!」とずっと思っていた演目。

時は不明。場所は精神病棟と思しきところ。車椅子に乗った主人公の男の回想と現実がないまぜになって、娘たちに裏切られた彼の過去とシェイクスピアの「リア王」が重なる……。それ以上説明するのは無理というか野暮というか。私も元ネタがちゃんと頭に入ってるわけではないので、うっ、あれは誰だ?という場面も多々ありましたが……。そもそも、リア王の三人の娘たちの役も男性が男性のままでやってるってのがスゴイ。しかし実際見てみると、想像以上にその世界に入ってしまいましたですよ。ちょっとアンジュラン・プレルジョカージュのバレエを見ているような気持ちになることも。っていうかこれ、この演出を踏襲して半分くらいの時間でプレルジョカージュがバレエ化するっていうのもありかもだ。

惜しいのは選曲の陳腐さ……orz ヘンデルの「ラルゴ」に『白鳥の湖』の「スペインの踊り」ってあんた……。何故わざわざそんな……。第一、舞台に合わないじゃん。せめて古楽ヴァージョン使おうよ……。っていうか、ダウランドのあまり知られていないリュート曲とか、なんかそういうの使おうよ。あともう一曲はシュニトケあたりから選ぶとかさ。いろいろやりようがあるじゃん……。陳腐っていうのはホントに罪だと思うね。その舞台そのものに対する罪でもあり、引き合いに出されて陳腐化されちゃった音楽に対する冒涜でもあるし。陳腐のほうが失敗より重罪だとさえ思うけどねえ。

Rusfest200612 クロージングのレセプションは、実は各関連団体の上の方の人しか招待されてなかったんだけど、諸般の事情により井上とともにちょっと潜入。ロシア連邦文化・映画庁長官ミハイル・シュヴイトコイ氏(このイベントのために来日! えらいひとの世界も大変だのう)をはじめとして、日本側の組織委員とか、えらいひと系の挨拶が一通りありましたが、ワタクシ的には白眉はやっぱりミハイル・Y・ガルージン公使(というか今現在は臨時代理大使。ロシュコフ大使が六ヶ国協議のため帰国しちゃったので)ですね。やっぱり上手いねえ。この人は。「この公演で日本とロシアの芸術家たちが共に働き、素晴らしい舞台を作り上げているのを見て、私は自分の外交官としての夢が実現しているのを見た思いです。政治や経済の分野でも、芸術をみならって是非こうありたい」というご主旨。あ、でもこうやって切り縮めちゃうとちょっとつまんなく聞こえますねすんません。実際はもっと実のあるお話しでした。

この日は日本人は日本語で、ロシア人はロシア語でスピーチすることになっていたようなので、残念ながらあのほとんどの日本人より的確で流暢な日本語は聞けずorz 残念(というか、おお、珍しくロシア語を喋っているのを聞いたぞ、ラッキー、と思うべきか(笑))。

しかし……ううう、すんませんすんません、どうしても反論したくなっちゃうのだが、私は未来の日露の文化交流にそれほど明るい展望は持てないのであった。というか、正直、緊急事態宣言ものだと思うよ、マジで。何故かと言うとねぇ……。23日、ロシア文化フェスティバルの主催団体である日本ユーラシア協会の打ち上げ&忘年会があって、またもや井上にくっついて行ってきたんだけど……いやぁ……なんちうか……こ、ここまで高齢化してるとは……orz もうorzなんてもんじゃないですよ……。こういう言い方もなんですが、はっきり言ってお達者クラブですがな。井上や私が「すごく若い世代」に見えるという恐怖。今こういうイベントをやってる人たちがリタイアした後を支える世代が全く育ってない。10年後、20年後、果たしてどうなっていることやら……。あなたが全権特命大使になる頃には、文化交流の母体となる団体自体、無いかもだよ、ってこの人に言いたいね。っていうか次に会ったら言うけどね。作家というのは基本的に狼藉者だからね(とか言いつつ、この日は言えなかったわけですが(汗))。何をやる時でもえらいひと達の打ち合わせって年齢層高いのは当たり前だから、多分、その背後にいるのも高齢者ばかりで、その後の世代が育っていないことは上のほうの人たちは気づきようがないのだと思うけど。

というわけで話は無理矢理ワールドコンにつながるわけですが、SFだって高齢化していると言われて久しいものの、まだそれでも若い世代との接点はあるわけで、ロシアSF企画、何としてでもやります。大野典宏さんと画策中です。とにかく紹介するチャンスを作らないと話になんないもんね。って、まだSF作家クラブに申告できるほど具体的な内容は決まってないのですが……。欲を言えば映画の上映とかやりたいところです。

ロシア文化フェスティバル/ロシア・ソビエト映画祭非公式サイトを開設しました。

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2006年10月29日 (日)

「友よ 信じるな 引き潮の時の海の変化を」

ちょっとネタ的には遅れましたが……

今週は日本ユーラシア協会関係のイベントにお世話になりっぱなしでございました。別に私自身は会員でも関係者でもないけど、井上にくっついて行くので。23日には「東京 ロシア語週間オープニング ロシア語&ロシア文化の夕べ/オープニング」なんていうイベントで、ビザ発給の窓口にしか行ったことのなかったロシア大使館の中にちょっとだけ入ってきました。26日は日本ユーラシア協会の本部で、(この人の肩書きはナニと言ったらいいのか分かんないんだけど、評論家というか編集者というか在野の研究者というか遊び人というか)沼辺信一さんの、ロシア・アヴァンギャルド期の絵本についての講演を聞いてきました……

って、それはいいのだが、正直、どっちのイベントでもえらく不安なキモチになってしまった。というのもですね、後者は参加者の平均年齢が異様に高く、後者はロシア語学習者を励ます系のイベントなので、若いコたちも参加していたんだけど、ステージに出てきてプーシキンの詩なんかを暗誦している「ロシア語学習者」たちは……ううむ、みんなちょっと及び腰な感じのうら若き女性たちばかりなのだった。

実はここ数年、エイゼンシュテイン・シネクラブの参加者もむっちや高齢化しているんですよねえ……。例会も、私より年下の参加者がいないのがフツウの状態になっちゃってるし、去年の年末にやった『戦艦ポチョムキン』の再上映も、会場に入りきれないほど希望者が来て数ヵ月後にもう一度上映したというほどの盛況ぶりだったけど、その年齢層がこれまたむっちゃ高いのであった(ちなみに2004年にペット・ショップ・ボーイズが音楽をつけてトラファルガー広場で上映、というイベントはストリートのノリの若者が観客の主体だったそうで。現地在住の友人の話がスゴかった。ううっ、正直、羨ましいぜロンドン!)。

政府も文化政策として重要視するようなおブンガクとか、ほっといても売れるオタク・カルチャー系のゲームやマンガは、なんだかんだ言ってそれぞれの国で紹介・翻訳する人がいるけど、その中間あたりのエンターテイメント文学や映画って、ロシアでも日本でも紹介が滞ってるのが現状だったりするんですよね……。私も、この一、二年の間にロシアSF翻訳の中心だった大野典宏さん、大山博さんが相次いで体調を崩して事実上翻訳から離れてしまってから、初めてそれがどれほど個人の献身と犠牲の上に成り立っていたのかを思い知ったのでした……。読む側としての私は、漠然と、翻訳とか紹介とかはそのスジの人たちが誰かしらやってくれるもんだと思っていたというか。しかし、中心になっていた一人、二人が倒れただけで、もうその分野での交流が限りなくゼロになってしまうという事実。そしてそれに誰も気づかないという事実……

それ考えると、舞台芸術で交流してる人たちはいいなあと思っちゃう(いや、それはそれで大変なのよと反論はされるでしょうけど)。やることが華やかなのでスポンサーもつき易いし、正直、「成功」を演出しやすい(クラシック方面の「演奏する側の裏の事情」あたりは知らんでもないです)。

とはいえ、世の中にはもっと可及的速やかに対処しなければならない問題が山ほどあるので、真に優秀な人材はそっちに取られちゃうのも分かるんだけどね……。けど、ね……

ああ、こんなことになるんだったら私がロシア語をやっておくんだった、とちょっと思わんでもないけど、正直、語学ヤバイ系の人間には敷居高すぎですよ、ロシア語。実際、何度か挑戦してザセツしているのだった。これはラクだ、と思ったのは冠詞がないことだけじゃん! チャイコフスキーの歌曲集の楽譜も10年以上放置している……。背表紙が焼けてるだけで新品同様orz 歌詞長いし! 誰かネイティブの人に模範朗読を録音してもらわないと学習できないと思うよ……

上記の沼辺さんの話は、これまでに何度か講演をしてきて練れているせいか、以前よりさらに解り易くなってましたです。沼辺さんは30年に渡るロシア絵本コレクションの末に、2004年に芦屋美術館で始まって全国を巡業した『幻のロシア絵本 1920‐30年代』を実現したという人。そこに至るまでの過程を聞いていると、確かに「ものごとには必ず意味がある」と思えることの連続だし、私も普段はそう信じているほうだけど……。最近ちょっと確信が揺らいだりしてます。うう。いったい何の意味があるんだあー!と思うことがねえ。もっとも、そう簡単に答えは出るものではない、年単位で時間がかかるのがフツウ、と言われればそれはそうだと思うんだけど……

それでも、その「意味があるはずのところ」から、その運命と私しか知らないサインを受け取るのは嬉しいものです。まあ、嬉し悲しいというか。とりあえずアート・オブ・ノイズ聴いて寝よう。関係ないけど(笑)。

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2006年9月24日 (日)

ラドゥガ来日

というわけで、まだまだ「ロシア文化フェスティバル」は続く。というか、ショスタコーヴィチの『森の歌』もマリインスキー・バレエもこれからなんだよね。モスクワ芸術座の『リア王』に至っては、未だにチケット情報さえ無い……。だ、大丈夫なのか……?

今月後半から来月頭までは、ロシア少年少女アンサンブル「ラドゥガ」が来日。ちうことで22日、日本ユーラシア協会主催の歓迎レセプションに枯れ木も山の賑わいで相方にくっついて出席。

ラドゥガというのは、子供たちの民族舞踊ダンス・アンサンブルだそうで、うーん、モー娘。の少年少女伝統芸能ヴァージョンみたいなもの……と把握したらダメかなあ。団員は300人ほどもいるそうで、今回は指導者の大人も含めて20人が来日。ここに調布の子供たちの和太鼓「跳鼓舞」が加わって歓迎演奏……ということになると、ま、ご想像の通り、オトナはちょっと戸惑いつつかたまって飲み食いし、子供たち(特に年少の子たち)は言葉が通じないながらも太鼓で遊びつつ、いつの間にか二曲くらいは日露で競演できるようになっていたりする。やっぱり子供ってすごい。っていうか大人って、大人って……orz

と落ち込んだところで、さらにウォッカを飲ませてもらってダメ度増加で帰宅。しかもうちに帰ったらネット。ああ……

それにしても、正直な話、舞台芸術の交流って、華やかで羨ましいっす。

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2006年9月12日 (火)

死という名の騎士DVD

7月5日の「ロシア・ソビエト映画祭」のところとか、8月6日の「蒼ざめた馬」のところでも書きましたが、カレン・シャフナザーロフ監督の「死という名の騎士」のことを再び。あ、よく考えたらほぼ一ヶ月に一度書いてますね。まあ、それだけ私のこだわりポイントなわけですが。

映画祭のオープニングの時に見て、後日相方に「DVDないの?」と聞いたら、あっさり「あるよ」と言われた。ヨーロッパのアマゾンとかに出てないかな、オゾンとかの露的通販サイトにしかなかったら人にすすめにくいな……と思いつつも、とりあえず聞いてみる。「どこに?」「うちに」

うちかよ(笑)! 

で、これがそのDVD。英語字幕つきリージョンフリー版で、米アマゾンとかで普通に売っているそうです。

Named_death_1

しかし……

このジャケット……

正直、C級スパイ映画か?と思う……

……………………。

ヘタすると『ネイキッド・ガン』とか『オースティン・パワーズ』路線だったりして、とさえ思われかねない悪寒。

ハンパにロシアン・アヴァンギャルドしようとしているところがなおさらorz

これだけ見ると激しく萎えますが、中身は素晴らしいです。って、このジャケ見せといて素晴らしいと言われてもなあ、と思われるでしょうけど。前に書いた拙ブログを参照してくださいしくしく。日本の配給会社で買いそうなところもあるようですが、いずれにせよ東京で単館上映とかになっちゃうでしょうから、ちょっと東京から離れたところにお住まいの方はこれ買っちゃったほうがお徳かもだよです。

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2006年8月 6日 (日)

蒼ざめた馬

ロープシンの『蒼ざめた馬』発掘しました。そっか、映画の大公暗殺シーン、こうだっけ?と思ったけど、原作には無いんでした。原作では同志の一人が成功させて、主人公ジョージは直接手を下していないのだった。劇場で、というのはシャフナザーロフ監督のオリジナルなわけですね。

それと、「子供も乗っている馬車に爆弾を投げつけることができない」も原作には無いけど、これはロープシン=本名サヴィンコフがエス・エル戦闘団(いや、別に蒸気機関車でテロやってるわけじゃないす)にいた時に、実際に同志の一人が直面した「事実」だそうです。しかも、カミュが戯曲に取り上げているそうな。もう解説もすっかり忘れきってますです。

てぇことは、劇場での大公暗殺、子供の乗る馬車、ジョージの末路=サヴィンコフの生涯、という三点が原作との決定的な違いということですね。これってすごく大きいですね。当時としては、ロープシンが提示した「キリスト教的道徳と、テロに身を投じたインテリゲンチャの虚無」のあたりは多くの「ものを考える人」にとっては重大なテーマだっただろうけど、我々現代人にとっては、テロ「そのもの」や、テロの「もたらすもの」等のほうがリアルに直面する問題であるわけですし。ちと強引に決め付けるのなら、ロープシンにとっては「テロに至るまでの個人の内的葛藤」が重大事であり、現代の我々にとっては「テロによって社会に引き起こされるもの」が重大事であるというか。

劇場での暗殺シーンは、シャフナザーロフが考案した最も卓越なアイディアだったんではないかと思いますですね。同志や一般市民を数多く犠牲にしながらも爆弾テロが成功しない一方、劇場という衆人環境の中、拳銃のたった一発でつまみ食いのようにあっさりと成功してしまう計画外の暗殺。人民のためにこいつを殺さなければとまで思われていた大公個人は、おっとりとして優しげな印象で、銃を向けたジョージに、最後の最後まで「まさか本当に打つはずはない」と信頼を持っているようにも見える。本当にこれが「人民のため」の行為なのか、単なる個人的な殺人に過ぎないのか……。この一度の「殺し」の後、ジョージは恋人の夫に決闘を申し込んで、以外にあっさりと彼を撃ってしまう。プロの軍人であるその男も引き金を引く前にためらったのに、ジョージは彼よりも平然と引き金を引いてしまう。これも、連続殺人のニュースを毎日のように聞いている我々にとっては関心の行くポイントだろうし。

あ、そうそう、なんでエス・エル戦闘団のテロリストが英語の名前なのかというと、旅行中の英国人ジョージ・オブライエンという偽パスポートを持ってるからです。でも、これって通用するんかいな。ドイツ人が英国人のふりをしてモスクワに、とかだったらまあ何とかならんでもないだろうけど、日本人が中国人だということにして東京にいるようなものじゃん。いいのかそんなんで? ここだけはツッコミどころなんだけどなあ。

『死という名の騎士』は、ロシアではDVDで手に入ると思います。だったら西欧通販サイトにもありそう。というわけで井上センセイ、コメント欄にそれ系の情報書いてプリーズ。

シャフナザーロフの前作を見た人たちは、あまりにも駄作でどうしようと思ったそうで、イベントに呼ぶのはいいけどこれ上映するのはなあ……とマジ困ったらしい。しかしちょうど良くこういう傑作が完成した直後に映画祭になってほっとした、と(笑)。ううむ、駄作も作るのね(汗)。侮りがたし! シャフナザーロフ!

あ、それから「アロイス」の件は了承いたしました。別にシンクロニシティでもなんでもなくて、ある有名な小説はこれの盗作だ、と言い出した人がいるそうで、私に「アロイス」の話を振った人々は、それってどうなの?という話をしたかったのではないか、と。ご指摘ありがとうございます……。やはし枢要どころの日記はちゃんと巡回してないとダメですね。いや、しかし……なんちゅーか、気が滅入りますねえ。多重人格ネタというところだけで反応しちゃったのかな? こういう人って、そのうち『24人のビリー・ミリガン』にも盗作疑惑とか言い出すかもよ。人数を増やせばいいってもんじゃない!とか言って(笑)。

諸般の事情により、しばらくネットを離れます。ネットカフェに行ける余裕があるといいんだけど……っていうか、土浦ってネットカフェあるの(笑)? まあ、基本的には無いものと思ってますんで(いや土浦のネットカフェが、じゃなくて、行く余裕が)、更新、止まりますすんませんすんません(平伏)。

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2006年7月14日 (金)

エミール・ガレとドーム兄弟展オープニング

文字サイズを「大」にしてみました。これでどうでしょう? 

ココログにアクセスできない&メンテっている間に、ワールドカップも終わってしまったですよ、とうに。終わってみれば、覚えているのは近所のしょぼいにわかスポーツ・カフェとか、友達がネットを介して聞かせてくれた「ミラノの暴動のような優勝祝い」とか、ウズベキスタンの自転車おじさん達とか、頭突きとか、宮本のヘアバンドとか、そんなのばっかりだよ母ちゃん。ついにフォワードもミッドフィルダーもディフェンスも区別がつくようにならなかったよ父ちゃん。あ、ゴールキーパーは分かりますゴールキーパーは(笑)。……分かりますってば。何だその目つきは! 何を疑っているんだ!

それはともかく。

渋谷のBunkamuraミュージアムで「エミール・ガレとドーム兄弟展」ちうのが始まりましたですね。これは春に高松に上陸してお江戸に回ってきたやつです。来年までかけてけ、けっこう全国あちこちでやるようです。うちの相方が高松にブツを持ち込んだ時に手引きをした(搬入時に通訳をしたとも言う)関係で、うちにも内覧会&オープニング・レセプションの招待状が来ました。我々が行ったからとて別に向こうにとっちゃありがたいことも何もないだろうけど、物見高いので出かける。

ううむ……。なんだこれは……。レセプションって、特に誰かの挨拶があるわけでもなく、放置で飲み食いするのね……(汗)。グループにならずに一人、二人で、どうしたらいいんだという感じで料理を取っている人も多く(うちもだけど)、何かまとまったジャンルの人たちを呼んだというより、あっちこっちにバラバラに声をかけたパーティという印象。井上も関係者何人かと挨拶をし終わったら、特にすることがあるわけでもなく。ミハイル・ガルージンも来てたけどさっさと帰っちゃったらしい。つまんないの! まあ、テポドンは飛ぶわ、ペテルブルク・サミットは近いわで、そりゃ展覧会のオープニングどころではなかろう。

内覧会の時間があまり長くなかったので、展示自体は後日ゆっくり見ることにしてつまみ食い程度にしか見てないけど、これはスゴイよ。今まで、コレクターや美術館が買い集めてきたガレ・コレクションの展示とかは何度か見てるけど、なんちうか、そういうのとは次元が違うとさえ言える。特に献上品は、こんなものが地球上にあったのか!みたいなレベル。今なお市場で売り買いされるものとはやっぱり違うよね……。さらにスゴイと思うのは、こういうものが革命後にも残っていたということ。明らかに高価なものである宝物とか、「いかにも文化遺産!」な何百年も前のものだったら、そりゃ革命も関係なく残しておくだろうけど、まだ「貴族の贅沢品」という存在でしかなかったランプや花瓶なんかを、よく革命の時に破壊しなかったなあと思うわけです。帝国の国章が入った献上さえも無傷で残っている。外国に売り払ってカネに換えるという手もあっただろうけど、それもしていない。こういうことって指導部の一人、二人の判断でできることじゃないと思うなあ。ロシア革命の一側面の査証でもありましょう。見る人が、モノ自体の美しさだけではなく、そういうところにもちょっと思いをはせてくれたら、と思うことです。

というわけで、一通り飲み食いしたら東急ハンズにGo。あの頭が涼しくなる枕というのはどうなんですかねえ。本当にちょっとは涼しくなるのかなあ。

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2006年7月 7日 (金)

アレクセイ・ウチーチェリ監督講演

まだまだ続く露ネタ。

昨日はエイゼンシュテイン・シネクラブの例会で、ロシア・ソビエト映画祭のために来日中のアレクセイ・ウチーェリ監督の講演。うう、まだ『宇宙を夢見て』を見てませんすいませんすいません。

監督自身の作品と、現在のロシア映画制作の現場に関するお話。ロシアは意外と映画館というものが少なくて(最近増えつつあるけど)、テレビとの連携が多いとか。ハリウッドものがのさばってる現状はどこの国でも同じやねえ。ウチーチェリ監督は『ナイト・ウォッチ』は(控えめに言って)あまりお好きではないそうで……。すいませんすいません私は好きです(笑)。いや、我々日本人の目から見ると、『ナイト・ウォッチ』も充分芸術映画の要素を持って見えるんですが……

しかし、「文化」とか「芸術」とかの話になると、どこの国の人も自国の現状を憂える、という話になりますのう。日本人は日本の現状を憂い、ロシア人はロシアの、フランス人はフランスの……という具合に(だからといって、パーティの席で「今日は日本人とは話したくありませんから!」と言い放つ日本人はそうそういるもんでもあるまいげほがほごほ)。まあ、自分の国のことって、トホホな事例を目にしやすい一方、ヨソの国のことは人づてに聞く、あるいはお客さんとして見る、ということになるので、自分の国のほうがトホホだと思いやすいのは事実かな。映画や小説にしても、ヨソの国のものはそれなりに選別されて入ってくるから、ともすれば「日本より何もかもいい」ような錯覚に陥るし……。実際、他国でテレビなんか見てると、「日本じゃここまで下らない番組は作んないよ!!」というような番組やってたりするし、この世のものとは思えないほどダメな映画とか夜中にやってたりするしね。どうでもいいけど英国のテレビの人、家の中に池作るリフォーム番組はやめなはれ(笑)。

ま、何処の状態も一長一短、トホホなところもあるけど羨ましいところもある、いいとこ取りはできないってことかなあ。

それと、自分の作品がなかなか前に出られないことと、「自国の文化的ダメさ」を結びつけて考えないようにしないとなあ。これって、さして売れてない人間にとっては自尊心をくすぐられる、とっても魅力的な言い訳なんだけどね。でもこれはそれこそ罠で、いつ悪魔の刈り入れに遭うかわかんないわけで。

体調がヨレヨレだったので、懇親会は参加せずに帰宅。相方によると、ドームで巨人戦があって周囲の飲食店が込みまくり、チェーン店の居酒屋に行ったらしい。ううむ。でもまあ、これがクロサワでもミシマでもない生ニッポンということで勘弁したって下さい。

あ、そうそう、ブログのコメント機能ですが、どうせ書き込みなんてほとんどなくて人気がないのがバレるだろう、と思ってバックレてましたが、ちょっと試験的に「コメントを受け付ける」にしてみます。1.書き込みがなくて人気のなさを露呈 2.友人しか書き込まない 3.当意即妙、みたいな返事が書けなくて行き詰まる のどれかになるような気はしますが……

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2006年7月 5日 (水)

ロシア・ソビエト映画祭

今年は日露国交回復50周年ちうことで、ロシア文化フェスティバルin Japanなるイベントをやってて、ゲルギエフやフェドセーエフが来たりしているわけですが、その「目玉」の一つであるロシア・ソビエト映画祭(於・東京国立近代美術館フィルムセンター)が昨日から始まりましたですね。で、昨日はそのオープニングとして、シャフナザーロフ監督の最新作『死という名の騎士』の上映とシャフナザーロフ監督とウチーチェリ監督記者会見、レセプションが行われて、私も枯れ木も山の賑わいで混ざりこんでまいりました。体調的な絶不調がここ二週間ほどで回復してきて、ちょっともうそろそろデブ性もとい出不精も脱しないとなーというのもありまして。

ウチのセンセイはしばらく前から字幕製作やら解説書きやら通訳やらで忙しく、この日も朝からフィルムセンターへ。私は午後の記者会見から合流。

『死という名の騎士』のタイトルだけで「おお」と思われた方は、そーとーな露ヲタ……あ、いえ、その、文学通の知識人かと(笑)。私は爆弾を作っている女性の名前がエルナというところで気がついたけど、そう、ロープシンの『蒼ざめた馬』の映画化作品。テロリストを描くというと、人道主義っぽい告発になるか、あるいはテロにも一分の理があるのではと思わせるちょっと礼賛っぽい作品になるかのいずれかに陥りかねないものだけど、そのどちらでもない原作のほぼカンペキといっていい映画化では。爆弾テロ現場の衝撃、拳銃での暗殺のあっけなさ、命を賭けてやっているわりには徒労に終わる虚しさ……。最近テレビでもよく耳にする「一度目の殺人の後、二度目、三度目のハードルはどんどん低くなる」というまさにその言葉通り、大公暗殺の後、主人公ジョージが私的な決闘でプロの軍人よりも躊躇なく撃つシーンは暗殺シーンよりも衝撃的。ラストでは主人公の末路をロープシン自身の生涯と重ね合わせて描くことによって、むしろ原作より完璧さが増しているかも。革命前夜の時代の「コスプレ」も見どころ。このフィルムは今回の映画祭が終わったら返しちゃうプリントなので、今見とかないともう当分見られないよん。次回の上映はは7月22日予定。

記者会見は、そのスジでは有名な欧米至上主義者さんの自分語りで時間を使い切ってしまい、両監督への質問は実質的には行われず。ああ……唯一の記者会見の機会なのに……orz そんなに日本がイヤなら早く出て行けばいいのに。誰も止めないって。

パーティでは両監督に加え、栗原小巻さんや高野悦子さん、在日ロシア公使ミハイル・ガルージン氏等からもご挨拶が。ううむ……外交官の語学ってこういうものか……(汗)。完璧すぎて五千メートルくらいぶっ飛びましたですよ。

印象に残るのは、この文化祭に携わる人一人一人の、ロシアと日本の友好、文化的交流にかける思いの強さでしょうか。個人的に得られる名誉や利益が微々たるものであろうと、少しでも貢献できればという思いというか。ちょっと離れたところから見ると「エライ人」だったり「セレブ」だったりする人たちも、近くで見ると、個人的な思い入れや人知れぬ献身があるわけで、そういう彼らに対して「こっち側」から「エライ人」とひとくくりにして冷淡な目で見るのは良くないなあと思ったことです。

ロシア・ソビエト映画祭は7月30日まで、京橋のフィルムセンターで開催中。『戦争と平和』全編上映も、にゃんと二回やります! しかも1000円で見られちゃうぞ! 太っ腹(笑)。あれはやっぱり、DVDとかじゃなくてスクリーンで見ておくべき映画でしょうねえ。映画祭は8月以降はけっこう全国各地あちこちで展開。大阪のシネヌーヴォーではすでにスケジュールに組み込んであって、全作品上映したいという方向で調整中だそうです。

ロシア文化フェスティバル/ロシア・ソビエト映画祭非公式サイトを開設しました。

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