2023年から今まで
2023年のSFカーニバル以来、サイトとブログの更新をさぼっておりました。というのも、私のX(旧Twitter)をご覧になっていね方々はご存じかと思うのですが、2023年6月、私の夫、井上徹が病気で急逝し、仕事をするだけで精いっぱいの状態が続いたからです。そういう時、短文でちょろっと更新できるXはありがたかったのですが、それなりに手間を要するサイトや、それなりにちゃんとした文章を書かないといけないブログはどうしても後回しになってしまいます。夫が亡くなった後、プロバイダのアカウントがなくなるとサイトもブログも消滅するのを目の当たりにすると、ますますやる気も削がれようというものです……。ネットでは一方で、ネット上のことは完全には「消せない」デジタル・タトゥだと言われますが、もう一方では消える時は本当にきれいさっぱりと消え去ってしまうものですよね……。ただでさえ悲しいのに、よりいっそうやるせない気持ちになります。
しかし、少なくとも自分が生きている間(niftyにアカウントがある間)は、読者の皆様に情報を提供する義務があるはずです。というわけで、いずれはネットの大海に消えてゆく一滴であるとしても、提供すべき情報がある時はブログもサイトも更新してゆきたいと思っております。
2023年6月、夫が倒れた時、私はまさにその年の新刊の著者校の真っ最中でした。挫折しそうになりましたし、担当者さんはホンモノのデッドラインまで待つとも、もし本当にどうしようもないのなら出版を先延ばしにしてもいいと言ってくださったのですが、ここで仕事を放棄したら井上が一番がっかりするだろうと思い、大勢の友人たち、仕事仲間たちに支えてもらって、予定通り出版することができました。その前後のことは記憶が曖昧ですが、今考えると精神科で言うところの「乖離」はしていたかもしれません。が、そうして必死に出した『ツェッペリン』は予想外に大勢の方に読んでいただき、『SFが読みたい! 2024年版』では国内第一位に選んでいただき、第55回星雲賞日本長編部門もいただける運びとなりました。あらゆる方面に対して、本当に感謝しかありません。
しかし井上亡き後、さすがに書けなくなり、その年はほとんど記憶が曖昧なまま過ぎてゆきました。が、この時は、それまで発表のあてもなく、ただ書きたいという理由だけで書きためていた連作短編が助けてくれました。2024年には、『ビブリオフォリア・ラプソディ あるいは本と本の間の旅』(講談社)を世に送り出すことができ、この出版が自分の中の、まだ魂が入っていない小説のアイディアたちに少しずつ生命力を与える糧となりました。「フォリア(偏愛)」が示す通り、文字通りその筋の人たちが言うところの「書痴」たちの連作短編です。これはさすがに「SFとして」という形では全然評価されないだろうなあと思っていて、『SFが読みたい! 2025年版』では完全にランク外だろうと思っていたのですが、意外にも10位に入れていただきました。望外の喜びです。
記憶が曖昧なので正確な時期は覚えていないのですが、不思議な経験もしました。井上が亡くなって……どのくらいだったかなあ……半年以上は経っていたと思うけど、一年はなかった気がする……とにかく、けっこう時間が経ってから、ある日突然、井上宛に一本のボールペンが送られてきました。ロゴを調べてみると、比較的新しいネットマガジンのサイトのようでした。なんかそういうプレゼントの企画があったようなのです……けど……ねえ……井上、とっくに死んでますけど……? もうこれは、夫からの「書き続けろ」というメッセージだったのかもしれません。そう思うことにしました。
2024年には、イギリスのLuna Press Publishingという、小さいけれどすでにいろいろな賞を受賞するような本も出している出版社から、Sharni Wilsonさんの翻訳で『Swan Knight』を出版することができました。これは『ヴェネツィアの恋人』(河出書房新社)に収録されている中編「白鳥の騎士」の英語版です。この英訳はシャーニさんが大変な労力を費やして下さったもので、私にとっても本当に嬉しい出版でした。日本のAmazonでも買えますので(kindle版もあります)、もしご興味のある方がいらっしゃったら、是非、シャーニさんの才能に触れてみてください。
2023年から2024年にかけては、短編も少し発表しました。「秘密」(早川書房『AIとSF』、ちなみにこの作品も前述の翻訳者シャーニさんの訳でアメリカのKhoreo誌に掲載されました)、「アッシャー家は崩壊しない」(新紀元社『幻想と怪奇 ショートショート・カーニヴァル』)、「百合の名前」(新紀元社『幻想と怪奇 不思議な本棚 ショートショート・カーニヴァル』)、「孤独な耳」(『サイボーグ009トリビュート』)……だけだったと思います。いろいろ回復しきっていないので、何か抜けがあるかもしれません。
あとは、2024年の年末に、電書出版のアドレナライズから、四半世紀以上前の作品『ヴァスラフ』が復刊されました。当時も今も遅筆な私は、著作の数自体がそんなに多いわけではないので、何らかの形で「読める」自作を増やしていただけるのは本当にありがたいことです。
今年、2025年は、私の作家デビュー30周年の年に当たります。ここまで書いてこられたのも、拙著を読んで下さる読者さんたちのおかげだと思っております。そういうわけで、今年はサイン会の際にお渡しできる豪華粗品(どっちだよw)を制作します。イラストとデザインはYOUCHANに発注いたしまして、先日、腰が抜けるほど素晴らしいラフが上がってまいりました。今年のSFカーニバルにはまた新刊が間に合わなくて申し訳ないのですが、それでもわたしのサイン会に来て下さった読者さんたちにはプレゼントできると思います。
一昨年から思わぬ形で片翼飛行となってしまいましたが、井上に心配させないためにも、これからも何とか書き続けていきたいと思っております。
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