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2019年12月28日 (土)

SFマガジン60周年記念号 「本の泉 泉の本」

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SFマガジン、還暦ですって! どうりでわしらが年を取るはずじゃ!

というわけで、早川書房のSFマガジン、通巻737号、2020年2月号は、60周年記念号と相成りました。この表紙、「あれ、なんか見たことある……」と思われた方は相当SFマガジン買ってるよね……。イラストを描かれた加藤直之さんによると、過去のSFMの印象的だった表紙のモチーフを取り入れてるのだそうです。

で、私も今回、久しぶりに短編で登場させていただきました。「本の泉 泉の本」という、原稿用紙で45枚くらいかな、小ぶりな作品です。編集でつけてくれたキャッチコピーがまたステキで。「四郎と敬彦は、今日も古書をあさる。これは、ただぞれだけの、夢のような短編」。イラストは、『カント・アンジェリコ』の文庫版や『ヴェネツィアの恋人』にステキな表紙を描いて下さった佳嶋さん。ほんとにちょっとした短編なのですが、これ以上ないスゴイ布陣で世に出させていただきました。

で、この二人しか出てこない登場人物の「四郎」と「敬彦(たかひこ)」ですが、大方の読書子の読み通り、元ネタはあの人とあの人ですw まあ、二人ともちよっとずついろんな人のアマルガムではあるのですが、メインのネタはそうですよ、名前に数字がついて庭にプレハブ書庫が三つあるあの人と、その人が本を買うところを眺めていることが多い「彦」がつく人w ちなみに四郎さんは、私が2017年に小説現代に書いた短編「ハンノキのある島で」で言及された四郎さんです。「ハンノキ」の何年か前のお話。「ハンノキ」は今、日本文藝家協会編『短篇ベストコレクション 現代の小説2018』で読むことができます。

実はこの「本の泉」は、今年の11月初旬に急に「降りて」きて、二週間弱で書き上げ、以前から何か短篇があったら送るようなことをうっすらと約束していた塩澤編集長に送ったところ、急遽「60周年記念号に載せましょう!」と言っていただき、かなり頑張ってページのやりくりをしていただいたようで、掲載確定がいつだったかなあ、もう12月になるよ、っていう頃でした。着想から掲載決定まで三週間あるかないか。これは遅筆な私からするともう光速超えた感じの速さでした。

で、ゲラをやっているうちに、星敬さんが12月2日に亡くなったという知らせがあって……。塩澤さんと相談して、「彦」のつく登場人物の方の名前に「敬」を入れたという次第です。

おそらく人類史上最も長くSFMにかかわって来たであろう星敬さん……。私とは、SF作家クラブの会合やパーティなどでお会いするたび病気の話で盛り上がる(?)病人仲間でした。でもまさかそんなにお加減が悪いとは知りませんでした。塩澤さんとも話したのですが、「本の泉」、図らずも星さんのレクイエムみたいな話。そうでなくても、SFMで塩澤さんが書いている通り、今年はSFMにかかわった多くの方が亡くなった、ただ亡くなっただけではなくなんか急逝だったような方が多くて……。もしかしたら塩澤さんも私も、何かに呼ばれたのかなあ、などと考えたりします。

という背景があるわけですが、元ネタの人たちを知っている方からも知らない方からもご高評をいただいておりまして、ありがたい限りです。ささやかな一編ではありますが、本と小説とSFマガジンを愛する全ての方に、この作品を捧げたいと思ったております。

良いお年をお迎えください。

2019年12月 7日 (土)

大天使はミモザの香り

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報告が遅くなりましたが、新刊『大天使はミモザの香り』(講談社)発売になりました。

何故ブログでの報告が遅くなったかというと、『本』に書いたエッセイがwebに転載になるのを待ってたからなんですが、なんか時間がかかりそうなので、こっちにコピペします。

念願のアマチュア・オーケストラの話です。私はアマチュアの演奏団体は部活のフルートと合唱で計15年ほどですが(甲状腺が暴れたりして事実上引退)、その経験と愛情と憧れと夢をこめて書いております。

下記に、「本」のエッセイを転載します。

 

二十年来の夢ついに! オーケストラ・ミステリ! 

 デビューから五年ほど経った頃、『ウィーン薔薇の騎士物語』というシリーズを書いたことがある。十九世紀末ウィーンのオーケストラを舞台に、音楽家志望の家出少年や皇帝の私生児、ヴァンパイアの一族かもしれない美少年たちがさまざまな事件に遭遇しながらその謎を解いてゆくジュヴナイル・ミステリだ。これはテーマがマイナーなためもあってそんなにものすごく売れたというわけにはいかなかったが、ありがたいことに、ファンの方々にはとても熱心に支持していただいた。今でも続編をと言われることがあるし、時には、高野史緒の作品の中ではあれが一番だったのに惜しまれることさえある。私の作風からすると本筋ではないジュヴナイルだということを考えれば不本意と見ることもできるが、しかし同時に、やりたいことを素直にやった作品に対しての言葉という意味ではありがたいのだった。

続編のことは考えたことがないわけではない。別な出版社からもお誘いはあった。しかしこの頃すでに、私の中にはもう一つ、どうしてもやってみたい別な夢が生まれていたのだった。日本のアマチュア・オーケストラが舞台のミステリだ。

 それから実に二十年もの歳月が流れてしまったのだが、私自身もその分経験を積み、満を持してその計画を実行することとなった。それがこの『大天使はミモザの香り』なのである。

 アマチュア・オーケストラというものは世界中にあるが、どうやら日本はその中でも際立ってアマオケ文化が発達している国らしい。団体の数は東京近郊だけでも百を超え、学生オケや吹奏楽団、臨時編成オケ、古楽やオペラを専門にする団体、小規模なアンサンブルまで含めたら、日本全国には四桁に達する団体があっても不思議ではない。どういう統計か知らないが、一説には、日本人の二十五人に一人は吹奏楽の経験者なのだという。とすれば、オーケストラの経験者も実はけっこうな数に上るのではないかと思う。

 特に上手い団体の中には藤倉大やジョン・C・アダムズ等、プロにもなかなか演奏困難な現代音楽作品をこなしてしまうところもある。そして何より、初心者歓迎のところから玄人はだしのところまで、どの団体も演奏が実に楽しそうだ。プロオケの演奏が熟練した名演を目指すものだとすれば、アマオケの演奏は音楽が生まれいずる瞬間の喜びを感じさせてくれるものだと言えるだろう。

私は思うのだ。百年に一人の大天才を輩出するけれどそれ以外の人たちはアマチュア楽士でさえない社会と、百人に一人はアマチュア楽士で日々どこかで演奏会がある社会とでは、後者のほうがはるかに豊かであると。百人に一人というと一見少ないようにも見えるが、人口一万人の街に百人編成のアマオケがある勘定になる。とすると、東京みたいな人口一千万都市では……? いやいや、それはさすがに多すぎでしょ。しかし、そんな想像をしただけで何だか嬉しくなってくるのは、きっと私ばかりではないはずだ。

 私自身は声楽の人間で、器楽には憧れがある。特にオーケストラには、フルートを数年で挫折してしまったこともあって、もう妬みと言ってもいいくらいの強い強い羨ましさがある。それは実現しないだけに癒されることもない憧れだが、それに最大限近づく方法は私の場合、やはり小説なのだ。小説という手段さえあれば、私は客席を抜け出してオーケストラの一員になれる。

オーケストラには楽器の数だけ個性があり、ドラマがある。クラシックのように何百年も演奏されてきた曲には(いやショスタコーヴィチなんかだとまだ百年にならないけど)、その歳月の分だけアイディアの種がある。そこに、まだ誰もやったことがないんじゃないかというトリックを持ち込んで、これまた是非一度はやってみたかったあれとかこれとかを好きなだけやり、『ミモザ……』はことのほか愛着のある一冊に仕上がった。

 とはいえ、私自身も今回の作品でその広大無辺な宇宙たるオーケストラを描き切ったわけではない。ごく一部のパートの、小さなドラマをどうにか切り取ったに過ぎない。今後またチャンスがあるのなら、これからもまた、やりたくてたまらなかったあれこれをオーケストラで奏でてみたい。

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