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2016年6月25日 (土)

アステロイド・ツリーの彼方へ (年刊日本SF傑作選)

61ozz8p5kyl_sx354_bo1204203200_ アステロイド・ツリーの彼方へ (年刊日本SF傑作選) (大森望・日下三蔵/編、東京創元社、2016年)に、『屍者たちの帝国』に書き下ろした「子ねずみと童貞と復活した女」が収録されました~。
 
面子は上田早夕里、円城塔、梶尾真治、上遠野浩平、北野勇作、坂永雄一、菅浩江、高井信、高野史緒、飛浩隆、酉島伝法、野崎まど、林譲治、速水螺旋人、伴名練、藤井太洋、 宮内悠介、森見登美彦、ユエミチタカ、そして第7回創元SF短編賞受賞作と選評。なんかすごいお得感。
 
見本は届いたんですが、こういうのって、なんかもったいなくて一気読みできない貧乏性なワタシw ちまちま惜しみながら読み進めます。発売は6月30日です。Amazonとかではすでに予約が始まっております。
というわけで、どうかよろしくお願いいたします~。

2016年6月17日 (金)

NipPop2016の記事

ハイこれがその毎日新聞に掲載されたNipPop2016(@ボローニャ)でございます。きれいにスキャンできてなくてゴメン。どうしても肉眼で見た時より裏写りしてしまうのだった。
201606132

2016年6月13日 (月)

NipPop2016の紙媒体レポ

今日、6月13日の毎日新聞にNipPop2016のレポ書きました。短いところにぎっちぎちに詰め込んだシロモノですが。よろしくでございます。

2016年6月 8日 (水)

Funèrailles de Monsieur Marcel Martin

 

J’ai la profonde douleur de vous annoncer le décès de Monsieur Marcel Martin (critique et historien du cinéma) suivenu le 4 Juin 2016 à l’âge de 89 ans.

 

Les obsèques (peut-être obsèques civils) auron lieu le 10 Juin à 14h en Cimetière du Père-Lachaise.

 

 

2016年6月 7日 (火)

マルセル・マルタンさんの葬儀について

マルセルさんの葬儀は6月10日14時からペール・ラシェーズ墓地にて。
 
とりあえず告知のみにて失礼。

2016年6月 5日 (日)

訃報:映画評論家マルセル・マルタン氏

Portrait_de_marcel_3 ボローニャのNipPop2016行ってきました。もうとっくに帰ってきてたんですが、時差ボケと戦いながら本のダンボールを開けたり移動したり原稿書いたりで、ちょっとブログまで手が回りませんでした。NipPop2016については近日中に紙媒体メディアでレポします(掲載日が決定したらこちらで報告します)。しかし……このダンボール生活……いつ落ち着くのやら……。不用意に開けると、本って総体としては液体としてふるまうからなあ……

まあダンボール生活のことはともかく……。NipPop2016の後、私用でフランスに寄って帰ってきたのですが、私がパリにいる間に、長らく療養状態だったマルセル・マルタンさんが危篤の状態になり、今日、「(現地時間の)6月4日に亡くなった」という知らせが入りました。享年89歳。心からお悔やみを申し上げます。
マルセル・マルタンさんは1926年ナンシー生まれ。映画評論家として、映画史家として母国フランスを中心として活躍され、カンヌ、東京、モスクワ等、世界各国の名だたる映画祭で長年にわたり審査員をつとめ、エイゼンシュテイン・シネクラブ(日本)顧問や国際映画批評家連盟名誉会長等の立場で後進の指導にも尽力されました。
単著のデビュー作はLe Langage cinématographique, Éditions du Cerf, 1955(『映画言語』、金子敏男訳、みすず書房、1957年)、そして単著での遺作はLe Cinéma soviétique de Khrouchtchev à Gorbatchev, L'Âge d'Homme, 1993(日本未訳)となりました。世界で初めてチャップリンを単なる娯楽以上のもの、映画論的に論じるべき対象として取り上げたのもマルセルさんでした(Charles Chaplin, Seghers, 1966)。以来、今なお世界中で毎年のようにチャッブリンに関する映画論が刊行されていますが、まさにそのパイオニアだったわけです。
最期の来日は2004年の中津川映画祭と東京でのエイゼンシュテイン・シンポジウムの時でした。正直ロシアからのゲストなんかはなかなか好きなよ~にやってくれちゃって、通訳とアテンドをやっていたうちのシロクマはだいぶ翻弄されてましたが、マルセルさんは日本側のスタッフ一人ひとりにも細やかな気遣いをされて、威厳がありながらも全く「偉い人」的な威圧感のない、とてもお優しい方でした。
8年ほど前に認知症を発症され、ここ4年ほどはパリ16区の老人ホームで療養しておられました。3年前に訪問した時には、もうほとんど家族や慣れた看護人以外の人とはお話はできない感じでしたが、マルセルさんと夫人の幸子さんと私でチャップリンの『キッド』のDVDを観た時、要所要所で反応を見せておられました。ケン・ローチの二度目のパルム・ドールにニュースに対しても「もしかしたら分かったのでは?」と思われるような、微妙ながら反応があったとのこと。知的な活動を自分自身によって封じられた晩年には辛いものもあったでしょうが、夫人の献身的な介護のもとで穏やかに暮らしていたようです。パリ滞在中に幸子夫人からタルコフスキーのサイン本をいただきましたが、これがマルセルさんの遺品にもなってしまいました。
上記のロシア映画論や、アルジェリア戦争従軍時の日記(幸子さんもつい最近それを発見するまでマルセルさんに将校経験があるとは知らなかったという!)などは、日本でも出版できるといいんですよねえ。アルジェ日記は、イスラム圏と戦うこと/付き合うことのヒントになる記述もけっこうあるので、今の日本でも映画ファン以外の層にも需要ありそうな気がするんですが。今、妹のジャクリーヌさんと幸子さんと私で何とかなんないもんかと考えています。興味があるという出版社がありましたら、takanositemail(アット)mbr.nifty.comにご一報を~。
ご本人は無神論者でしたが、私は、今はマルセルさんは「あちら」で、エイゼンシュテインやタルコフスキー、山田和夫さん、チャップリン等と楽しく映画論を交わしておられるのではないかと思っています。
私たち映画ファンにいろいろなものを残してくださったマルセル・マルタンさんのエンドロールに、盛大な拍手と心のパルム・ドールをお送りしたいです。

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