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2015年10月14日 (水)

プロオケの大逆襲!:読響第552回定演「白鳥を焼く男」「ハルモニーレーレ」

もうここ十数年くらいで日本のオーケストラはプロもアマもめちゃめちゃレベルが高くなってるので、よほどピンポイントなお目当てがない限りガイコクから来たオケに大枚はたく必要がなくなってきている。これは庶民のフトコロにとってはたいへん結構なことだが、プロオケには「安定のルーチンワーク」と「プログラムが採算の取りやすい定番名曲に寄りがち」という問題もないではない。なので最近どうしても「やりたいからやっている」+「レベル向上」のアマオケに気持ちが偏っている。もっとちゃんと情報を収集してアマオケのコンサートに行きたいと思っている。

が! もちろんプロオケだって、定番のルーチンに甘えているわけではない! 当然、やるときゃやります! 選ばれし者の能力と誇りを以て徹底的にやります! 昨日読売交響楽団&下野竜也がジョン・クーリッジ・アダムズの「ハルモニーレーレ」をやるというので、場所的にも音響的にも実はそんなに好きでもないサントリーホールだけど駆けつける。「ハルモニーレーレ」をやるからにはそれなりにちゃんとできてるはずだし(そもそもよほど上手いオケじゃないと手を付けることもできない曲なんで)、日本で演奏されたことがあるのかどうかさえ分からないくらいレアな演目なので、聴いといて損はないと思ったのだ。

そしたら!

それなりにできてるどころじゃない。もしかしたらこれ、「ハルモニーレーレ」史上に残る大名演だったかもしれないのだ! 21年間私のガチスタンダードだったラトル/バーミンガム盤をあっさりと超えたのだった。

プログラムは以下の通り。

ベートーヴェン 「コリオラン」序曲
ヒンデミット ヴィオラ協奏曲「白鳥を焼く男」 ヴィオラ・ソロ:鈴木康浩
アダムズ 「ハルモニーレーレ(和声学)」

ヒンデミットの前にベートーヴェンというのも一見「?」な取り合わせに見えるかもしれないが、演目で納得。コリオランは弦の中音域、特にヴィオラの音がサウンドの要になる曲なので、ヴィオラ協奏曲の前にやるのってものすごくナイスな選択なのだ。いかにもロマン派っぽく歌い上げるのではなく、がっちりと骨太に構成する感じ。それが終わると、弦はチェロ4、コントラバス3、ハープ1、そしてソロのヴィオラを残して全員はけてしまうという、見たことのない光景がw ヒンデミットのこれは確かにあまり親しみやすい曲ではないけれど、ヴィオラという、音色的にも立ち位置的にもビミョーな楽器が出し得る音や表現力を徹底的に追及している。まあ親しみやすくはないですけどねw ソリストの鈴木は読響の団員ということもあって、オケとのアンサンブルはばっちり。

そして白眉は「ハルモニーレーレ」。旋律も調性もあるので意識高い系の人にはちょっとバカにされがちなアダムズだが、私はものすごく好きだ。「ハルモニーレーレ」も、一度は生で聴きたい演目だった。昨日のコンサートのパンフによると、日本では1986年に一度演奏されているという。1986年というと、「ハルモニーレーレ」の世界初演の翌年ですよ。さすが、良くも悪くもバブル時代www で、今回、約30年ぶりの再演なのだという。

第一部(副タイトル無し)は、超重量級ながら弾性と精密さを兼ね備えた謎の超合金巨大ロボ発進。第二部「アムフォルタスの傷」は無機質でありつつも何故か生々しく、ちょっと気持ち悪い生と死の同時進行。ちょっとギーガー。第三部「マイスター・エックハルトとクゥエイキー」は、軽い浮遊からどんどん重力との戦いになって、最後にはその重力を利用して別な世界へ飛翔。

下野は「ハルモニーレーレ」では指揮棒を持たずに、ラジオ体操っぽい動作で刻一刻と変わる変拍子を刻むのみ。つまり、この曲で指揮者が本番にできるのは基礎的な交通整理だけで、それまでのリハーサルでがっちりと音楽を作っとかないといけないのだ。本番でたまたま霊感が下りてきて神演奏、なんていうのはない曲。ライヴでは良かったけど改めて録音したらさほどじゃなかったってことにはならないと確信できるので、是非この組み合わせで録音して欲しいのであった。

客の入りは現代音楽らしく七割行ってないかもという感じだったが、終演後こんなに熱くブラボーが飛び交ったオケコンは初めてだ。とにかくものすごい大名演でした。いや~ほんとに良かった。いいものを聴いた。もっとこの人の演奏を聴きたい!

2015年10月 9日 (金)

発売:書き下ろし日本SFコレクション NOVA+ 屍者たちの帝国

またちょっと体調的にアレな人になってしまい、盛り上がってたくさん人が来た発売日に新しいエントリをupしていなかったという体たらくとほほ。まあ救急車も来てないし緊急入院にもなってないのでご心配なく~。

9784309414072てなわけでいろいろありましたが、『屍者たちの帝国』、発売になってございます。私は期待されているであろうドストエフスキーネタを「やりたい放題」で「爆走」し「本書収録作品の中でももっともオタク度の高い作品」(大森望氏談w)にした「小ねずみと童貞と復活した女」を書いています。なんじゃこりゃのタイトルは、ちゃんと読めば分かるようにしてございます。「小ねずみ」なんて、あまりにも辻褄が合いすぎてて自分でも笑っちゃいますが。

私のを読んだ人はすでにかな~りウケてくださってるようで何よりw 『白痴』+『アルジャーノン』とか、『白痴』+『ドウエル教授』って、やってみたかったんだよお~! なので、この企画のお話が来た時、最初は「さすがにこれだけ縛りがきついとな~。断っちゃおうかな~」と思ったものですが、次の瞬間、ワタシの無意識が「アレができるぞアレが! コレもできるじゃん! いやいや、ソレもできるし!」と叫び、茨の道を行った次第です。短編一本のために読み返す他人の小説や映画がむちゃくちゃ多くて(いやさすがにキャプテン・フューチャーは全部は読み返しませんでしたけど)、これが一番キツかったです。『屍者の帝国』も読み直したし、よりによって映画にはタルコフスキーが二本w 『ドウエル教授の首』は若い世代でも知ってる人が多いようで、ナスターシャが復活した時点で『ドウエル教授』のブリケだと気づく人が案外いるようです。そうかみんなけっこう知ってるのかw 昭和のSF少年少女だけかと思ってたよw あと、「液体窒素」が出てくる前にロゴージンとナスターシャの生活が『ソラリス』のケルビンとハリーのネタだと気づく人もいましたね(ちなみに1870年ごろには窒素はすでに液体化されていたので、意外なところで嘘じゃない罠)。そうです。バルト海の描写と、ロゴージンとナスターシャの会話は沼野版『ソラリス』のまんま引き写しです。気づくのか……お前……オタクだなあw 

痛恨だったのは、霊素と魂と知性の関係はオリジナルだったのですが、そこに気づいてもらいにくいこと。どうもこれも何か元ネタがあると思われちゃうようで。あと、『白痴』と『サクリファイス』の考察はかなり真面目にやってるんですが、みんなこんなのスルーだよね。『サクリファイス』の冒頭では、主人公が役者だった若い頃にムイシュキンを演じていて云々というくだりがあり、私はこれが『サクリファイス』解釈の要だと思っていたのです。まあ、基本、ネタとストーリーでウケていただければそれでいいっす!

一足先に来た見本を読ませていただきましたが、こんなに縛りのきっついアンソロジーでも、個性って隠しきれないもんですねえ。どういう読書傾向の人が読んでも、必ず自分なりのベストが見つかるかと思います。とにかく今年後半のマストバイ。いや本当、買って損はないです!

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