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2015年7月27日 (月)

 『ミステリとしての『カラマーゾフの兄弟』』救出作戦

6月後半、「東洋書店が経営破綻して在庫もいきなり全処分」という連絡が井上のところに回ってくる。東洋書店はユーラシア・ブックレットをはじめとしてロシア関係のいい本を出してる出版社だったが、どうもギョーカイ内の話では、「司法試験の参考書とかそっちがダメになっちゃったらしい」とのこと。

話が出回ったとたん、ネット市場では東洋書店のロシア関係書籍がめっちゃ高騰。暗躍するせどり屋。寝耳に水の著者たち。出版社が破綻することは往々にしてあるものだが、読者側がこれほどパニクった例は珍しいと言う人もけっこういる。江戸の歴史地図などで知られる人文社が破綻した時もこれほどじゃなかった気が。それだけ東洋書店が必要とされていたということなのだ。

井上とは、これでわしらの著作も「過去のもの」になっちゃうねえと話していたのだが、ここへきて一条の光が。

私の『ミステリとしての『カラマーゾフの兄弟』 スメルジャコフは犯人か?』は、もしかしたら救出できるかもしれない。直接の関係者は協力的なのだが、オトナの事情、要するに「上の人」の許可をとらないといけないので、まだ確定ではないのだ。

いや~、でも東洋書店がこんなに危ういと知っていたら、『ミステリとしての……』はユーラシアブックレットでは出さなかったなあ。もうちょっと文章を増やして新書のお話に乗ったか、逆に減らして『カラマーゾフの妹』の文庫版のオマケにつけたのに。

電子出版もネット掲載も思いのままな今日、「世に出す」こと自体には全然意味がない。「信頼性の高い出版社から出す」ということの意義は昔より高まっている。だからこその東洋書店チョイスだったのに~。あの本もこの本もまだ買ってないのに高騰して手に入らなくなってしまった。一冊でも多く、他の書店さんが救出してくれることを祈る。

2015年7月25日 (土)

人工知能学会誌のショートショート

人工知能Vol. 30 No. 4 ( 2015 年7月)

あ、ページができてた。モノはもう7月の頭にいただいていたのですが、いつ公表したらいいのかよく分かんなかったので遅くなりました。すみません。

人工知能学会の会誌にショートショートを書きました。この雑誌はですね~、アメリカの科学雑誌なんかがよくやるパターンなんですが、SFのショートショートを掲載しているのです。SF作家クラブとのコラボ企画でございます。今回の第17回の担当は高野史緒の「舟歌」と三島浩司さんの「ペアチと太郎」二作。イラストはどちらも藤臣柊子さん。

一度はやってみたい憧れの星新一スタイルで、ショートショートならでは地味な大ネタをやりました。感想は「これはすごい。前代未聞のパラダイムシフト!」と、「何がどうなったのか全然分かんないわ」に大分されるようですsweat01 まあしゃーないすな。

大型書店では扱ってるところもありますし、Amazonでは紙版もKindle版も扱ってます(この号はまだどちらも無い様子)。紙版……サイズが妙にでかいsweat02 しかし、隔月でこんなに中身の濃い雑誌が出せるってスゴイ。日本の人工知能学にいかに人材が集まってるかを物語ってますね。

というわけで、まだAmazonで扱ってないとなるとちょっと入手しにくいものですが、ミステリ方面の方々もこれを機に是非一度手に取ってみてくださいませ。

2015年7月 9日 (木)

リブロ池袋閉店

池袋のリブロ、20日に閉店するらしいで。

リブロ池袋本店閉店のお知らせ

もう一月ほど前から予告は出ていたらしい(もっと前か?)。何で気がつかなかったのかというと、素通りしてジュンク堂に行ってたからじゃ〜んw そういや先月前、池袋のあるカフェで、けっこうな責任のある仕事をしてそうな雰囲気の年配のおじさまとおばさまが「昔はリブロはひとつの文化だったのに……」「在庫は……」「何とかできないもんでしょうかねえ」とかいう会話をヒソヒソとしていたので、「おお、リブロで何ぞ政変が?!」とか思ったのだが、政変どころじゃなかったのね。

いやでもぶっちちゃけ、今のリブロが消滅しても全然惜しくないわ。私の高校生期〜院生期……だから80年代後半から90年代半ばかな、あの頃のリブロはよかったからねえ。アール・ヴィヴアンとかぽえむ・ぱろうるがあって、美術館があって、現代音楽のCDなんかも売ってた頃。あの頃のリブロは、「本にはテレビや雑誌とは違う『良さ』というものがあるのだ。売れるもの=価値があるとは限らないのだ。こんないい本もあるんだよ。初心者もベテランも、みんな、いい本読もうよ」っていう気持ちがあったからね。イマドキの本屋大賞などとは対極の意義の「本屋としてお薦めする本」をちゃんとお薦めしていた。歴史とか社会学系の本も独自に出してたし(何冊か買ったし、どれも手放してない。ただし製本がヤワい)。そうじゃなくなった今のリブロには何の未練もねえやな。なあ、熊さん八つぁん。

バブル時代〜バブル崩壊直後って、確かにアレな時代ではあったけど、「軽佻浮薄」というのとは違ったよね。「難しいもの」の面白さを知ってる人がけっこういたし、それを支えたのがいわゆる「セゾン文化」だった。ああいう時代だったからこそ、あの一筋縄ではいかないファンタジーノベル大賞@駆け込み寺が発達したわけだし。そういう時代じゃなくなちゃってリブロもそういう本屋じゃなくなっちゃった今、リブロの存在意義自体がとっくに失われてるからなあ。短期にカネになるという意味で「書店が売りたい本」を売るだけのリブロ池袋なんかリプロ池袋じゃない。

セゾングループは、あのグループ解体の危機の時、細々とでいいからセゾン文化を維持する方向に動いた方がブランド戦略として正しかったんじゃないかと私は今でも思っている。セゾン文化なき西武なんて、格調高い老舗に対抗しきれてないただのデパートに過ぎないじゃん。 ……って、いったん失われた文化的な「流れ」って再興できないし、堤清二亡き今、こんなこと言ってもしょうがないんだけどね。

諸行無常じゃ。さて、わしらは惑星パゴダに籠って、新しい希望が現れるのを待つとしようかのう。

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