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2013年12月 4日 (水)

日本ファンタジーノベル大賞休止

もうすでにニュースというより行き渡った情報になったようですが、昨日、25年間続いた日本ファンタジーノベル大賞の「休止」のお知らせが報じられました。

う~ん。複雑。私にとっては、飛び出したまま20年近く寄り付きもしなかった故郷が廃村になる気分だ。読売新聞社と新潮社はスポンサーが見つかればいつでも再開したい意向とも聞くが、「今儲かってる建設会社が撤退するってことは、スポンサーの経済状態の問題じゃなくて、賞のブランド力が低下したから切り捨てられたんでしょ(以下いろいろ)」とか言う人もいて、なおさら複雑な気持ちになる。いかに受賞者ではないとはいえ、いちおうここの出身と見なされている者としては、悪口はいっさい聞きたくないとは思ってないけど、あんまりそこまで言ってほしくもない。

私の他、恩田陸、小野不由美、沢村凛、浅暮三文の各氏は、初期の「はね出し品」である。沢村さんは最終的には優秀賞を受賞、恩田さん、小野さん、私は受賞しなかったけど出版のパターン、浅暮さんは改稿してメフィスト賞受賞。その後はこういう例はあまりなかったようだが、それは最初期のファンタジーノベル大賞は、必ずしも「憧れて応募する賞」とは限らなくて、「駆け込み寺」(山之口洋氏談)としてしかたなく身を寄せる応募者がいたことが吉と出たからではないとか思う。

90年代前半は、第一期のハヤカワSFコンテストが休止し、ホラー大賞もSF新人賞もなかった時代。「マジメな」文芸誌、文芸賞が相手にしてくれなさそうなちょっと変わったものは、この駆け込み寺に集結するしかなかった。傾向とか対策とかテクニックとか言ってる場合じゃなかったし、そもそも始まったばかりなのでどうすればいいのかなんか誰にも分からなかったので傾向も対策もへったくれもなかったんですけどね。だからこその面白さはあったと思う。公募賞関係の事情通の友人によると、最近では、応募者たちが傾向と対策を研究したり、ネットで「ファンタジーノベル大賞における『ファンタジー』の定義とは何か」を論じて、自分で自分に枷をかけている面もある、とのこと。…………………… 今まで私が直接話したことのあるここの出身者は、私も含めて、誰一人として「同賞におけるファンタジーとは」とか考えてなかった…… まあ私は今だってSFとは何かとか、ミステリとは何かとか、考えてませんけどね

私は94年の第6回の結果が出た後、選考委員の先生方から励ましていただいた時にいろいろとお話をうかがって、この賞に自分の未来を託するのはムリだな、と思ったので、翌年もまた応募という選択肢を捨てて「受賞しないまま『ムジカ・マキーナ』を出版」の申し出を受ける道を選んだ。『ムジカ・マキーナ』は95年SF大賞の候補になった(けど、当時は候補作は非公開だったので表立って記録には残っていない)。でも、それだけでも出版してもらった恩は返せたかな、と思っています。今でも同賞は「かつての憧れ」とは全然思えなくて、ほんとに駆け込み寺だったんだけど、他に類例のない駆け込み寺を提供していただいたことには変わらず感謝しています。

いずれまた、単に復活するだけじゃなくて、またあの闇鍋的、駆け込み寺的なパワーで復活して欲しいものです。でも物事は時々「休む」ということも必要なのかもしれない。だから、今はただ……

お休みなさい……

12月4日夕追記:上っ面だけなでた報道記事は実際には本を読まない人も知ってそうな受賞者の名前を挙げるだけですが、見識ある活字読みならば、そうでない出身者の中にも必ず、すごく目立ってお金稼いでるわけではないけど独自の活動を続けて息長く支持されているお気に入りの作家が何人かいるかと思います。日本に紹介された外国文学でたとえるなら、アイヴァスとかソローキンのような存在。本当に文学賞を評価するなら、そうした他に代わりのない才能がどれだけ出たかについて考えるべきかと。もちろん本読みはみんな内心してると思いますが。でも報道があまりにも皮相的で、全体的に読み手も書き手もバカにされてる気がしてちょっとイラっとしたので言ってみました。文芸誌等の記事ではちゃんとそこまで考察されていることを祈ります。

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