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2013年3月25日 (月)

連ドラ『カラマーゾフの兄弟』最終回

……………………。

そんなラストでいいのか?! 

23日、フジテレビの連ドラ版『カラ兄』が最終回を迎えましたが、正直、2、3回前から感じていたヤな予感的中orz 時間的にはけっこう余裕があっので、最後の2回は裁判になると思ってたんだけどなあ。まあ確かに、現代の捜査力だったら、あれで満が有罪になるのはムリだとは思うけど(そのわりにベタな物証が出てきましたが)、これじゃ何のためにわざわざ『カラ兄』を原作にしたドラマを作ったのか分かんなくなるじゃないですか。

事件が起こるところまでは「おお、実はけっこうな名作の予感か?!」と思ってたんだけど、その後失速。「大悪人VS団結して助け合う実はみんないい人の被害者たち」という構図に矮小化してしまった。久留美と加奈子が妙に慣れ合ったあたりで「むしろこれは裁判のカタストロフの前振りか?!」と期待しないでもなかったけど、残り時間を考えるとそれは無いだろう、いやでももしかしたら……と最後まで希望をつないだものの、あのラストか……

何故あそこまで登場人物たちを「いい人化」しなきゃいけなかったのかが全く分からない。まあ何というか、世の中の「いい人化圧力」ってかなりのものがあって、芸能人も一般の人もドラマの中の犯人役さえ、最近は「本当はいい人」じゃないと許されないような風潮は感じる。人付き合いでも、「できるだけ欠点をなくする」ことが至上命令になってて、何かというと「社会人として当たり前」とか「大人なんだから○○すべき」という圧力がやたらとかかる(このへんはネットの相談サイトウォッチャーの人が詳しい)。なんかそういう風潮に屈したのか自ら迎合したのか……『カラ兄』の裁判の混乱とどんでん返し、次男が引きずる罪悪感という、ドラマ的に一番美味しいところまでも自ら放棄してしまったのは何故なのか? そこまでして「みんないい人」にする必要があったのか?

なんかもう愕然でございますよ。

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