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2012年4月19日 (木)

リアル蝶々夫人

18日「プッチーニに挑む~岡村喬生のオペラ人生」の試写を見てきました。

プッチーニの代表作『蝶々夫人』の舞台を見たことのある日本人は例外なく「あちゃ~」と思うことがあるはず。自分が開国期の文化に精通していなくても、着物や所作に無知でも、それでも目につくダメなところが山のようにあるが、大人の態度でスルーすべきものということになっている。さすがに林康子や東敦子らイタリアで活躍した日本人ソプラノの努力によって、ゲイシャが左前の歌舞伎の衣装みたいなのを着て出て来たりはしなくなった。が、そういう絵面の恥ずかしさや、あまりにもストレートな悲劇ロマンスだということもあって、私はあまり『蝶々夫人』は好きではなかった。プッチーニ作品なら『トゥーランドット』のほうがずっと好き(ファンタスチカだしね(笑))。なので、『蝶々夫人』の問題点はさほど考えたことがない。ま、衣装や文化についての情報ならどこでも入手でき、日本人もイタリア人も何万人という単位で行き来してる今日、衣装やセットをちゃんとして、蝶々さんの叔父が彼女を「チョウチョウサン」と呼んだりするようなヘンなところを修正したヴァージョンなんて、もう二十世紀中にとっくに実現してるんだろうと思っていた。

ところが、そうじゃなかったのだ!

縁側に履物を脱いで上がるとか、神道と仏教が違うとか、そのレベルからして未だになあなあらしいのよね。

ナニ時代だよって感じですが……。でもよく考えたら日本のテレビや本でも、マリー・アントワネットの時代を「中世」とか平気で言ってるし、イエスの生きた時代と十字軍の時代を混同してたり、フツウにやっている。ま……そんなもんか……。時代が21世紀になったからといって、我々の頭が急によくなるわけじゃないのだ。でも、我々がいかにアホでも、「馴染むこと」と「反復学習」によってちょっとは賢くなることはできる。でも、それをまず誰かが始めないといけない。この「始める」ってのがものすごく労力がいる。ほとんどの人が「分かってない」状態のところでそれまでになかった流れを起こすわけだから、労力がいらないはずがない。多くの人が夢として語ることはあるだろうけど、実際にやる人ってのはあまりいない。ましてや実際にやって成果が上がるところまで続ける人というのはさらに少ない。

岡村喬生というのは、その「やる人」なのだ。漢だぜ。あの日本人離れした迫力のバスの声そのままの人なのだ。『プッチーニに挑む』は、そのヘンなとこを修正した『蝶々夫人』を実現するために奔走する岡村喬生を追ったドキュメンタリーなのです。監督はドキュメンタリー映画作家として定評のある飯塚俊男。

1960年代からヨーロッパ各地でオペラ歌手として活動してきた岡村さんは、日本人だしバスだとしいうことで『蝶々夫人』のボンゾ役を演じることが多かったそうです。しかし、ものすごく珍奇な恰好(頭がちょんまげで、袴というよりスカートみたいなものをはいて、逆さに“南無妙法蓮華経”と書かれた鳥居を掲げ持つ、みたいな)でヘンな歌詞を歌わされるとかいうことがあって、抗議しても「それ分かるのはあなたと奥さんだけだし」と取り合ってもらえなかったとか。60年代でそれかぁ…… 岡村さんはその頃から半世紀にわたって改訂版の夢を抱き続け、ついに2009年、台本改訂をテーマにしたシンポジウムを開催し、改訂版のイタリア公演の契約をプッチーニ財団と結ぶ。

実は2010年に所ジョージの「笑ってコラえて!」でこの時のオーディションを取りあげていて、私はたまたま見ていたんだけど、その時もリアル蝶々夫人の意義って、それほど実感していなかったように記憶している。ま、その後イタリアで公演したんでしょう、くらいに思っていた。が、2011年、オーディションで選んだ歌手たちとともにプッチーニ・フェスティバルのためにイタリアに行ったら、「そんなの聞いてないよ!」という事態が次から次へと起こっていたのだそうです。

そう来たか……イタリア……orz

この映画ではその「聞いてないよ!」の事態も赤裸々に描かれる。誇張もいかにもドラマ的な盛り上げもないだけに、あの困った感は生々しい。そう……ガイコクと仕事するのって、こうだよね……。この数年間私が悩まされてきたのと酷似した事態が次から次へと起こって、身につまされるなんてもんじゃない。見ながら変な汗をかいてしまった まあ向こうからすれば日本人は日本人で困った人たちなんだろうけどさ~。でも、プッチーニ財団~! 権利者や劇場側に確認も取れてないことをテキトウに契約するなよ 奥ゆかしい感じの日舞の先生がイタリア人にガチンコで抗議したり、岡村さんがムカつく相手にも誇り高く礼を尽くしたり、本番まであと数日という限られた時間の中で、何とかして可能な限りのことを実現する努力が続く。これ、日本だったから妥協点が探れたのであって、アメリカだったら契約書を突き付けての訴訟沙汰だったんじゃないかなあ。

結果としては、理想通りではなく、イタリア側が後からゴニョゴニョ言ってきた条件の中でできるかぎりのことをした公演として実現したわけだが、衣装と所作がちゃんとしてるだけでも全然違う。映画ではオペラは全編見られるわけではないが、それでも感動しました。『蝶々夫人』でこんなに感動したことはないというくらい。

困ったのは、現在の権利者であるプッチーニに子孫ですかね。こういう人たちは往々にしてファンダメンタリストなので、未だに台本に手を入れることを許可しないのだそうです。芸術家の子孫の別に才能があるわけでもない人が権利握ってるのって、どうなんだろう……。そんなの、本当にその芸術家の作品のためになるんだろうか。数年前に埃をかぶった化石みたいなトルストイの子孫が来日した時も「あかん!!」と思ったけど……

プッチーニの台本に間違いがあるのは、ただ単に彼が「知らなかったから」というだけであって、「これでいい」と思ってやっていたわけではない。実際プッチーニは、当時のヨーロッパでは可能な限りの日本の音楽の資料を手に入れて(貞奴のヨーロッパ公演も見に行っている)研究してるのだから、もし文化、習俗についてもちゃんとした情報を持っていればそれをごく普通に台本に取り入れていたはず。言ってみれば、当時できなかった訂正をそれが可能になった今入れることこそがプッチーニの意志ではないのだろうか。大芸術家の子孫にはそれ相応の力量がないといけないけど、たいては小物なのよねえ。早いとこプッチーニの子孫にも気づいてほしいところです。

でも、それにしても、ガイコクと仕事するのって、ホントにこうだよね……。やたらと土壇場でくつがえそうとしやがるし。夫は「いや、日本人同士で仕事してたってこうでしょ」と言うけど、日本人同士の場合、「根回し」という裏ワザがあるので、これほど極端に土壇場でモメる感はない。それでもやっぱり、反故にするとか言いなりになるとかじゃなくて、何とかして可能な限りのことを実現すべくこっちも手をつくし、主張していかないといけない。でも、それでいいものができたら、みんなちゃんと分かるんですよね。ヨーロッパの人たちも「正しい日本文化とは何か」なんてことは知らなくても、「本物」の持つ力は感じ取っているはず。我々だって、本物のギリシャ彫刻を初めて見た時とか、本場の完成されたバレエやオペラの舞台を初めて見た時とか、何が素晴らしいのか、何がすごいのか分かった!と感じる瞬間を経験をしてきているはず。

この映画、オペラ好きだけではなく、ガイコクと仕事して疲れちゃった全ての人にお勧めしたい。達成感を味わって、明日の糧にできます。公開は5月19日から東銀座の闘劇で。4月24日にはイタリア文化会館で公開リハーサルがあります。

それにしてもオペラは作る方も歌う方も大変やね。私もベルカント歌唱法育ちだけど、自分でもオペラ向きじゃないというのは高校生の頃すでに分かってて(華がなさすぎる!)歌曲や教会音楽に走っちゃったけど、それでもオペラに対する憧れはどこかに残っている。蝶々夫人もちょこっとだけ練習したことはあるけど、さすがに人前で歌ったことはない。でも正直、一度くらいは歌ってみたいという気持ちはある。もっとも。もし万が一そういう機会があったとしても、着物着て歌ったりはしませんけどね。私が着物着ると、長崎の芸者と言うより、長屋のおかみさんなんで。ほっとけ(笑)。

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