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2011年12月24日 (土)

イオセリアーニの新作『汽車はふたたび故郷へ』(2010年)

これは、僕と、僕の同僚たちの物語。
つらい経験をおくりながらも、口笛をふいてそこから抜け出してきた人たちの物語。
                ――オタール・イオセリアーニ

来年の2月18日から岩波ホールで上映されるオタール・イオセリアーニの新作、『汽車はふたたび故郷へ』の試写に行って来ました。

ソ連時代末期、グルジアの若き映画監督ニコは、検閲や上映禁止措置によって思い通りの映画を撮ることができない。つてをたどってフランスのえらいひとに面会するところまでこぎつけても、どこからともなく監視されていて、投獄され非公式に暴力的制裁を受けてしまう。祖父の友人である政府高官(イオセリアーニ自身が演じている)には、国外で映画を撮ることを勧められ、出国できるように手配してくれた。まあ体のいい国外追放である。フランス語のできるニコはフランスに移住して映画を撮りはじめるが、ここでは「商売になる映画」を求められる。ニコは(ソ連崩壊後と思われる)グルジアに帰国するが……

果たしてニコは自分の撮りたい映画を撮ることができるのか……?

……と書くと、重々しい芸術家の苦悩の物語のように聞こえるが、そこはホラ、イオセリアーニですから、ゆる~いリズム、ストーリーや登場人物の関係性がよく分からないというか説明する気ナシの展開、笑う寸前だけどなかなか笑うところまでいかない圧力の低~いユーモア等々をしかけてくるわけですよ。そして、こういうストーリーだと、たいていの制作者が考えるのは、作中作であるニコの映画が「きっとすばらしいものだろう」と想像できる映像に仕上げることだろうけど、イオセリアーニはそんなことしない。思想的な理由で上映禁止をくらった作品というのが、なんかゆる~い古めかし~いどうでもいい感じの映画っぽくて、フランスで撮ってる映画も、「いや、どう見てもそれじゃダメだろう!」というヘンな、微妙に笑っちゃう映画だったりするのだ(井上によると、「いかにもイオセリアーニが好きそうないろんな映画」のパロディであるらしい)。そして総体は、私が最も「イオセリアーニっぽい」と感じる「脱出」映画。そう、やっぱり最後は非常用脱出装置が働くのである。ただ、それどの方向に向かって働いたのかは、映画は説明しようとはしない。しかしそれは明らかにイオセリアーニ的脱出装置であって、見る者はそれが誰をどこに向かって脱出させたか掴み取らないといけない。

沼野恭子さんやはらだたけひでさん等、知ってる人がけっこういたので、上映後話してみると、あの結末を(現実的な)悲劇と見る人が意外と多いのに気づく。ああなるほど、そういう解釈もあるのか……。私はあれはすごく開放感のある、希望のラストだと思ったけどなあ。

人間は芸術なんかなくても生きて行ける。映画を撮ったり小説を書いたり歌ったりする時間や労力があるのなら、それを使ってもっと生産的な仕事をしたほうがよっぽど世の中の役に立つ。絵だの音楽だのより、一杯のご飯で救われる命がどれほどあるだろう。芸術なんてものは余裕がある時に趣味としてやればいいのであって、そんなものに人生のすべてをかけて偉そうにしている人間は間違っているし、世の中の「役立たず」なのだ。……なのだ、けれども、しかし、何故か人間は、そんな腹の足しにもならない芸術なんかがないと生きてゆけなくなってしまうし、そんな屁のようなものに命をかけてしまったりする者も後を絶たない。この映画の原タイトルChantrapasとは、フランス語のchanter(歌う)から派生したロシア語で、「役立たず」という意味だそう。ソ連でも西側でも評価されないニコのことを指しているようでありながら、実は「芸術」そのものを指しているのではないかという気もする。その「役立たず」なものがないと、何故か人間は生きてゆけないのだ。

そして、今回この映画でイオセリアーニが作動させた脱出装置は、その役にも立たない芸術なんかで悩んじゃって、もうこれで自分は終わりだ、もう死ぬしかないと本気で思うところまで追いつめられた経験のある者にだけ働く脱出装置だ。プロ、アマ問わず、ジャンルを問わず、売れてるとか売れてないとかにも関わらず、創作上の悩みで「もう後がない。もう死ぬしかない。この世の終わりより悪い」というところまで本気で究極に追い詰められた者なら必ず経験する脱出。先にあるのは解放とはいえ、こんな経験、しないで済むのならばそれに越したことはないんだけどね。芸術なんて所詮「役立たず」なものなんだから、そんなもので苦悩しないで済むのなら、そのほうがいい。そんなものを経験したからといって、「役立たず」度が増すだけで、偉くもなんともないので。

でも、プロ、アマ問わず、ジャンルを問わず、創作上の越えがたい壁に直面するすべてのクリエイターに、この映画は見て欲しい。脱出せよ。脱出口はそこにある。ほら、そこに!

岩波ホールで上映された後は、順次全国ロードショーだそうです。2月4日から2月10日までオーディトリウム渋谷で「イオセリアーニ映画祭」も開催。あ゛~、ここで上映される映画、ほとんどうちにある……はずsweat02 でもよっぽど発掘しないと出てこないわ……orz 見に行くしかないかなあ……

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