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2011年10月23日 (日)

妖怪人間ベムとドウエル教授の首

古いエントリをいつか削除しました。ちょっとノーマルじゃない状態の人に絡まれて対応しきれなくなったので。多分知らない人です(かなり拡大解釈しても心当たり無し)。脳内事実系の人っぽいです。コメント欄も完全閉鎖はしたくないので、チェックしやすいよう、この記事以前はコメント受付は停止します。ま、昔の日記なんてどうせイタイだけなので、2、3年程度残して全部削除しちゃったって別にいいんですけどね。

まあそれはともかく。

昨日から放送が始まった『妖怪人間ベム』実写版を見てたら、強烈にベリヤーエフの『ドウエル教授の首』を思い出しました。実は半月ほど前、日本ユーラシア協会の方から日本語版の初版をいただいたところでした。

20111023

東京創元社「世界大ロマン全集」第48巻、アレクサンドル・ベリヤーエフ著、原卓也訳『ドウエル教授の首』、昭和33年(1958年)9月5日初版。定価190円也。まあ『ドウエル教授の首』自体はこの後に出た文庫版がけっこう古書市場にあるし、この本もアマゾンのマーケットプレイスで2千円しないで手に入るので、稀覯本というほどではないんでしょうけど、月報や愛読者カード、しおりも当時のままついているので、古本者ではない私でもなんかどきどきします。

実を言うと私は、小学生のころに子供向けにリライトされたヴァージョンを読んだきりで、オトナ版は読んだことが無いのであった! つまり、これが初めての原卓也版との遭遇で、それを30ン年経ってやっと読んだという恐怖の事実。私が読んだのは、ハードカバーの子供向け叢書の中の一冊で、アインシュタインみたいな老教授の首が実験器具の上に載ったわりと生々しい表紙のものでした。図書係になる前に読んだはずだから、小学校三年か四年だなあ。お世辞にも優秀とは言い難い子供だった私が読んだくらいだから、そんなに難しい高学年向けではなかったはず。エフレーモフの『暗黒星雲』とかエラリー・クィーンの『エジプト十字架の秘密』は、それとはまた違った、ちょっとカラフルでモダンでヲサレな表紙のハードカバー(でも表紙の厚紙はやや薄めだったのがまたヲサレだった)の叢書だった記憶が。こっちのほうがちょっと高学年向けだったかと。どっちもさすがに出版社とか叢書名を覚えてないです。どなたか分かる方がいらっしゃったら教えてプリーズ。

久しぶり(かつ、オトナ版としては初めて) に読んでみると、いろいろビックリでした。何よりも、舞台がパリだったのがビックリ。いつの間にかヘンな知恵がついて「ソ連SF」という色をつけてたから、もっとソ連ソ連していたように思ってました。でも、一番インパクトがあった「首だけになった女(ブリーケ)が新しい身体をもらえることになり、ごつい労働者の女ときれいな若い女の身体のどちらかを選べと言われて無傷だった労働者の女ではなく傷のあるきれいな女の身体を選び、最初は自由を満喫したけどその傷から体が腐っていってまた首だけになってしまう」の展開はほぼ記憶通り。よっぽどインパクトあったんでしょうねsweat01 しかしその後の「助手の女の子(マリー)が多くを見過ぎたので精神病院に監禁され、ドウエル教授の息子が狂人のふりをして入院して助け出す」のくだりは、別な話として記憶してました。タイトルとか忘れちゃった何か別な物語だと思ってた……。というか、この精神病院の部分ってジュニア版にあったかなあ……? 「新人の助手マリーがケルン教授の研究所でドウエル教授の首に遭遇→ブリーケの件→ケルン教授の研究があばかれる」という話だとばかり思っていた。覚えていないだけで精神病院の部分もジュニア版にあったのか、それとも中学生くらいの頃に原卓也版を読んでいたのか。

改めて読んでみると、ソ連SFというより、19世紀的なゴシック・ロマンという印象ですね。『フランケンシュタイン』とか『透明人間』とか、ラヴクラフトの『冷気』とかの世界。それにやっぱり何と言っても、舞台がパリで、ほんとに全然ソ連っぽくない、花の都おパリの雰囲気になっている(少なくとも昭和生まれの日本人にはそう感じられる)ところがビックリ。夫にこの話をしたら「そりゃソ連を舞台にしてあんな実験や精神病院の話を書けるわけないじゃん」と言われた。ううう……そうかも……いや、そうだろうか?

というのも、ベリヤーエフが『ドウエル教授の首』を書いたのは1926年。ソ連が建国されてからまだ10年経っていない。そしてこの頃はロシア・アヴゥアンギャルドの全盛期(よりちょっと遅い?)で、演劇や映画もかなりやりたいようにやっていた時代。ちょっと前の帝政期のこと、あるいはその旧体制の生き残りマッドサイエンティストの話にしたら、簡単に国内を舞台にできる。ベリヤーエフが舞台をフランスにしたのは、単に国内向けの配慮じゃなくて、「遠い異国の地」自体を書きたかったんじゃないだろうか。

で、いきなり話が『妖怪人間ベム』実写版に戻るのですが、あれはさ~、「何でもかんでも実写化するな!」と怒ってる人もけっこういるようですけど、私は第一話を見た限りではけっこう評価してるんですよねえ。You Tubeに旧アニメの第一話があって、あれと見比べてみるとなおさら実写版の意義はあると感じる。洋風無国籍ファンタジーだからできることもあれば、ありきたりな現代日本の日常が舞台という縛りがあるからこそできることもある。「ベロ、その箸の持ち方じゃ、人間になった時大変だぞ」とか、無国籍ファンタジーじゃ出せない味もあるわけで。そして無国籍ファンタジーなら、「その文化圏にそんなのがあるわけないじゃん!」というものも登場させて活用できる。どっちにも面白さがあって、もう別ヴァージョンでどっちもやったらええやんと思うわけですよ。あるいは、「現実の世界だけどどっかガイコク」、「時代劇的江戸時代にタイムスリップ」とかでないとできない面白さとか味もある。ベリヤーエフも、空想科学小説というだけではなく、こういう「泰西のゴシック・ロマン」的な雰囲気を描きたかったんじゃないか、と、亀梨ベムを見ながら突然思ったのでありました。

いやあ、それにしても、子供の頃見たり読んだりしたものって、ものすんごく影響力ありますね。どうりで大人が子供に何を見せたり読ませたりするか管理したがるはずだ(笑)。

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ロシア・ソ連」カテゴリの記事

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