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2011年8月29日 (月)

フルジャノフスキーがシュニトケについて語ったこと

フルジャノフスキーの来日と、サントリー・サマーフェス関係。

サントリー・サマーフェスの「映像と音楽」関係のプログラムを全部見てきました。やっぱり、なんちうか、映像も音楽も、作り手が主張したくてたまらない、もしくは自分の創造力を誇示したくてたまらない作品は、みんな小物ですねえ。久里洋二の「やりたいようにやっている力(りょく)」炸裂の「G線上の悲劇」が一番よかった……けど素直に喜べないのは今回上映された中で一番古い作品だっていうこと。望月京が溝口健二の『瀧の白糸』につけた音楽は、まー早い話、ガイジン受けのモダン・ジャポネスク。実際、ヨーロッパではけっこう生演奏付きで上映されているらしい。でもさ~、もし私が作曲家だったら、自分がフランスで成功できるかもしれないというチャンスが回ってきたら、そりゃあ~インテリの客が集まるに決まってる未公開の溝口作品を選んで和楽器入れるけどね~。ていうかみんなそうするに決まっているというか……

一見古臭くて、いかにもな真善美をテーマにしてて、まだシュニトケもシュニトケらしくなっていない音楽がついてるだけの「グラス・ハーモニカ」が何故あんな力を持っているのか、今でもよく分からない。何なんだろう。あの力は。分かりやすい俗権批判と、分かりやすい劇伴音楽の昔の短編アニメに過ぎないのに。「アナログ力(りょく)」のすごさっていうのはあると思う。何万回も「殺す」入力してあるメールをもらうより(あ~コピペご苦労、みたいな)、ものすごい気迫あふれる手書き文字で一度だけ「殺す」と書いてある手紙を受け取るほうが多分、怖い。そしてそれが、相手を脅すために書かれた文字じゃなくて、本当に殺したいという心の底からの憎悪を反映してたら、きっとものすごく怖い。へんな例えだけど、そういうアナログ力かなあ。フルジャノフスキーはもちろんクリエイターとしての才能を発揮する場としてアニメーションを作ってたんだろうけど、何か、自分はどうでもいいからこれだけは世に出したい、という「何か」に献身した結果オーライ力(りょく)なのかもしれない。人力で演奏する生のフルオーケストラのアナログ力もすごい。

フルジャノフスキーは25日に帰国しちゃったけど、今思うと、シュニトケについてもっと聴いておけばよかった。歓迎パーティの時、誰かが、「シュニトケってどんな人でした?」と質問した時、フルジャリフスキーは一言「オン・アンゲリ(彼は天使だ)」と即答した。「まるで天使のような人だった」とか、「天使的な人だった」とかじゃなくて。大好きな友人を思い出す時のにこやかさもなく、大げさに強調することもなく、淡々と、でも真摯に、ただ一言だけそう答えたのよね……

私はシュニトケについては伝記的なことはほとんど知らない。でも、わりと自分に自信があって芸術家らしい傲慢さがどうとかいう話とか、ソ連で迫害されながらもしたたかに立ち回って生き残ってきた、そしで晩年は脳出血に苦しめられてほとんど作曲できなかった、というような、いかにもソ連を生きぬいた芸術家らしい話しか聞いたことがない。なので、ぜんぜんいい人的なイメージはなかったんだけど(まあなにしろ作風がアレですし)。なのでフルジャノフスキーのあの言葉を聴いた時、一瞬、「なんの話?」とさえ思った。その件については誰もあまりつっこんで聞けなかったんだけど、なんか、あまり世間話的に聞くようなことじゃないなという、ただならぬ雰囲気があったせいかと思う。

単に誰にでも親切とか、芸術家としては自信家だけど傲慢な態度は取らなかったとか、温厚で怒らない人だったとか、そういう意味じゃないんじゃないかという気がちょっとする。フルジャノフスキーが言おうとしたのは、シュニトケは日常レベルの「いい人」だったとかそういうことじゃなくて、たとえ日常レベルでは敵を作って、傲慢だとか退廃芸術家だとかずる賢いだとかうまいとこ立ち回りやがってとか言われても、時代や政治体制を超えてこの世に残してゆくべき「何か」のために尽くして、結果として自分が犠牲になって人々のためにその「何か」を守り続けた人だったということなんじゃないだろうか、なんてことを考えたりする。いや、まあ、シュニトケについてもっと伝記的な史実を知ってから推測したほうがいいとは思うんだけど。

いい人扱いされて生きてゆくのが一番幸せだと思う。誰にでも優しくて、誰とも喧嘩しなくて、誰のことも悪く言わないし、いるだけで場が和んで、あの人と一緒にいると癒されるわとか言われて、自分の手は汚さず、泥もかぶらず、そういう意味で「あの人は天使だった」とか言われてキラキラしたまま死んでゆけたら、さぞかし幸せだろう。でも世の中には、あえて泥の中に突っ込んでいって、闘争して、非難を浴びて、自分の手を汚して、血を浴び血を流すことで、人々に美しい「何か」を残してゆく人もいる。もしかしてフルジャノフスキーが言ったことって、そういうことだったんじゃないだろうか。

などと、勝手に話を広げてみる。

いつかフルジャノフスキー本人に聞く機会が……あるかなあ。あったらいいなあ。ま、そういう機会があったとしても、井上が通訳をめんどくさがらないことを祈る(笑)。私にもっとロシア語を勉強しろっていうのはナシでおながいしますorz

あ、全然関係ない話だけど、カラヤン広場の「六本木お好み焼き祭」はハイボールも飲めたし大満足でした。あのへん、コンサートがはけた時間にすでにラストオーダー過ぎてるレストランが多くて驚くよね。

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