Yes: Fly from here オリジナルの音源について
検索で来る人の大半が「Fly from here」になっちゃって、葛藤しながら何か月かしたら聴こう、と思っていたトレヴァー先生の屈折したファンの私も、珍しいことに買ってすぐに聴きましたw 流れでねw 買ったのはもちろんDVD付きのSHMCDに決まってるじゃないですか。誰が通常版なんか買うかいw 数年前、ペット・ショッブ・ボーイズのCDをプロデュースした頃のインタビューで、今はヒット曲や新規アーティストの発掘よりも「いい音を録音すること」に興味がある、技術的に可能な限り「良い音」を録りたいと言っていたトレヴァー先生ですから、ファンならSHMCDは必携。もっとも、私なんかに言われなくてもみんな買ってると思いますが。
正直、びっくりのシンプルさ。『90125(ロンリー・ハート)』の路線を想像/期待/危惧していた人はそれぞれにがっくり/安堵したことでしょう。もっとも、トレヴァー先生のプロデュースで、イエスが……という噂が流れてから一年も経たないうちに発売になったんだから、そりゃ「トレヴァー先生のアレ」をやっているはずはないわけでw ポストプロダクョンをほんの少ししかせず、とにかくいい音、今現在の技術で可能な限りいい音、できれば今現在の技術で可能な限りのことを超えたくらいいい音でイエスを録る、ということに集中している印象。into the stormでは古典的なオーケストラ・ヒットなども使っていて(控えめに、だけど)、ここらでちょっとトレヴァー先生らしさを見せてくれる(控えめに、だけど)。終盤、かすかに遠くのほうでAnd we can fly bfrom here……てのが入ってたりするあたりも、特にファンというわけではない人にはどうでもいいかもしんないけどトレヴァー先生らしい。ファンはこういう細部に喜ぶのですよw
ヴォーカルのベノワ・デイヴィッドですが、意外と抵抗なく聴けました。他のバンドでもVoはやってるそうだし、すでにイエスとしてツアーもやっているとのことで1980年のドラマ・ツアーの時のトレヴァー先生よりずっとこなれた感じ。そうか……ツアーもやってたんだ……。この数年イエスの動向を全然追ってなかったから知らなかった。かつてトレヴァー先生に罵声を浴びせてゴミやビール瓶をステージに投げつけたイギリスのファンも、すっかり大人になったのであろうwww 声はジョンよりトレヴァー先生似。特にinto the stormの声は(多少加工してあるような気がしないでもない。そのせいか)『Drama』の頃のトレヴァー先生の声にそっくり! ただ、ベノワは多少声がかすれようが割れようが表現を優先するというタイプのVoではないらしく、あくまでもきれいに声が出る範囲でしか歌わないという印象。そこがなんかちょっと閉塞感を感じる。こういうタイプはトレヴァー先生のポストプロダクションでいじり倒したほうが面白いんですけどねw
キーボードがジェフのわりに、意外とジェフっぽくない。Dramaの頃はものすごくジェフっぽい感じでやってたけど……。やっぱり、エイジアとの区別をはかったのかしら。トレヴァー先生もちよっと歌ってますね(特にFly from here part2でよく分かる)。嬉しい。
トレヴァー先生の録音はさすがで、人間の指先や爪が弦に触れるテクスチャー、楽器の胴にその件の響きが広がる感触、スティックがシンバルにごく軽く触れる瞬間なんかも捉えていて、しかもそれは曲の流れによってそういう微妙な音を表に出したりひっこめたりしている。楽器のバランスとかもよーく聴いてると「ああ、変えてるんだ」と気づくけど、あまりにも自然なので、そこを意識して聴いていないと分からなかったり。
曲はもう全然ヒットとか目指していない、往年の「A面は一曲」の造り。ああ、こういうの懐かしいわ~w トレヴァー先生は『ザ・ストーリー・オブ・イエス―解散と前進の歴史』(2004)で、「イエスはもう新曲とかやらないで、クラシックの演奏家のように往年の名曲を演奏するスタイルでいいんじゃないだろうか」と言っているんだけど、実は私もそういうことは考えている。クラシックも「すでに作曲されている名曲を演奏する」のが基本で、新曲は珍しいというジャンルになったのはここ百年かそこらだ。ロックも、名曲を演奏して、その演奏そのものを聴かせるバンドがもうそろそろできてもいいんじゃないかと思うのよね。アマチュアのコピーバンドとかじゃなくて。楽曲がクラシックのようにパブリック・ドメインになってゆく時代に入ったら、そういうプロのバンドも増えてくるんじゃないだろうか。それでいい演奏が聴けるんだったら、私はそれでいいと思うけどなあ。そういう意味では、かつて録音できなかった曲や、やりそこなった大曲の構想を復活させてそれをメインにアルバム作って、っていうのは、後ろ向きでもなければアイディアが枯渇したじじいバンドの苦肉の策ではなく、ロック名曲のクラシック化に向けての未来的なやり方ではないかと思う。
で、Fly from hereの原曲の音源の話。
前のエントリでも書いたように、Fly from hereはトレヴァー&ジェフのバグルズ組がイエスのために書いたWe can fly from hereがオリジナル。この曲はスタジオ・レコーディングはされず、『Drama』には入っていない。長らく80年のドラマ・ツアーのブート(というか、アーティスト黙認のセミ・オフイシャル音源)でしか聴くことができなかった。が、21世紀に入って、二度、公式に音源が世に出た。一度目は2005年にRHINOレーベルから出たイエスのライヴ音源3枚組のCD、『The word is live』。ニュー・ヨーク・のマジソン・スクウェアで行われた1980年9月5~7日の中日6日の演奏。これは確かラジオ局が持っていた音源じゃなかったかなあ。会場でブートとして録音した音源ではないので、状態はかなりいい。セミ・オフィシャルで入手できる5日の演奏は、ブートとして録音されたのでさすがに音が良くない。しかし、その音質の差を別としても、6日の演奏のほうがいい。
もう一つは、イエスとしてではなくバグルズとしての演奏。2010年にSALVOから未発売音源のボーナストラック付きで再発されたバグルズのセカンド、『Adventure in Modern Recording』に収録されている。長さはこっちのほうが前者より短いが、基本的には「そのまんま」。バグルズはイエスに自分たちの曲を演奏してもらいたい&共演したいということで何曲か録音してイエスに送ったということなので(別にイエスの分裂を察知して自分たちがイエスに混ぜてもらおうと思っていたわけではない)、このバグルズ版が「最初の一滴」である。
この『Adventure in Modern Recording』に収録されているWe can fly from hereにはパート2なるものがある。これが今回の『Fly from here』ではそのままパート2になった部分。こういうのを見ると、トレヴァー先生がただ昔の曲を引っ張り出してきていろいろくっつけて拡大したのではなく、最初からWe can fly from hereを「A面は一曲」の大曲として構想していたのがよく分かる。
で、ライナーにも書かれていなかったことなんですが、8曲目のlife on a film setなんですけど、これもすでにバグルズのオリジナル音源が発売されています。先に挙げたSALVO盤のボーナストラックの一つ、Riding A Tideがそれ。タイトメが違うので気がつきにくいかもしれない。life on a film setよりちょっと短く、歌詞もちょっとだけ多いのだが、life on a film setの前半はほぼそのまんまRiding A Tide、後半になるとハウ&スクワイヤがイエスっぽくしてくれる。
We can fly from hereは最初からかなりイエスを意識した曲という印象だけど、Riding A Tideはバグルズっぽい。特に後半のテンポアップしてからは。これはイエスのためじゃなくて、バグルズでやるために書いたんじゃないかなあ。バグルズとしての完成形の録音も聴いてみたいなあ……
もちろん『Adventure in Modern Recording』に収録されているのはトレヴァー先生によるVo。Fly from hereをもっと研究してみたいイエス・ファンにもオススメします。
でもやっぱり、ジョンのいないイエスはイエス度低いのよねえ。私はジョン=イエスと思っているくちではないんだけど、でもやっぱりイエスど低く感じちゃう。このFly from here面子でのイエスがこのまま行けるともあんまり思っていない。個人的な好みで言えば、私はトレヴァー先生とベノワ・デイヴィッドには、イエスよりも新生バグルズをやって欲しい。バグルズは去年、一夜限定復活ライヴ(さすがに行けませんでしたorz)をやったり、何度もサード・アルバムを作るの作らないのという話が出ている(そして消滅してゆく)ので、トレヴァー先生的にはバグルズをやる気はかなりあるはず。マーク・アーモンドに提供したWhat is love?とか 映画『トイズ』でロビン・ウィリアムズが歌ったMirror Song、トーリ・エイモスが歌ったHappy Warker等、私が「隠れバグルズ」に認定している曲も難曲かたまっているので、そういうのもバグルズとして録音して欲しいのよねえ。是非、ベノワ・デイヴィッドをVoにしてバグルズをやっていただきたい。もちろん、加工しまくりでw
複数の読者さんから近い内容のご質問があったので追記します。モノグサっぽいまとめ回答ですみません。私が『ムジカ・マキーナ』(1995年、新潮社 文庫版は2002年、早川書房)を書いたのは1993~94年です。1994年に第六回日本ファンタジーノベル大賞があり、出版が翌1995年という流れです。もう一つのトレヴァー先生ネタの「白鳥の騎士」(2005年、早川書房SFマガジン10月号、11月号分載)の執筆は2005年前半、つまり、ウェンブリーでのトレヴァー先生コンサートのすぐ後です。(追記の追記)もういいや~、ここまで来たら白状しましょう(笑)。「白鳥の騎士」の元ネタはバグルズ2ndの5曲目、On TVです(笑)。
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コメント
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はじめまして。トレヴァー・ホーンがお好きな方のブログがあるとはちょっと驚きでした。
私はイエスファンですが、トレヴァー・ホーンのプロデュース作品も多少聴いています。
「Fly from here」 は、トレヴァー・ホーンのセンスが光ってますよね! とても気に入ってます。何よりも年寄りロックの感じがしないのがいいですよね。『Adventure in Modern Recording』は、改めて聴いてみようと思います。
それと、ロック名曲のクラシック化について、興味深く読ませていただきました。私も同感です。若いプロフェッショナルな演奏家で、往年のイエスの名曲を聴いてきたいですね。
最後に、トラックバック張らせていただきました。よかったらのぞいてみてください。
投稿: じ・えっじ | 2011年7月 9日 (土) 20時30分
いらっしゃいませ~。
トレヴァー先生はもともとクラシックがお好きなようです。子供の頃、父親と一緒に地元のダンスホールでベースを弾いていたというのはよく知られた話ですが、同時に学校の部活でクラシックのオーケストラにいたそうですし。
クラシックも昔は「流行りもの」で、ブームが去ったら終わりの曲だと思われていた作品はたくさんあります。それを作曲者とは別な「演奏のプロ」がいい演奏を聞かせたからこそ定着して「名曲」になってゆくわけで。往々にして、作曲者の自作自演よりも演奏の専門家が演奏したもののほうが良いんですよね。もしかしたら、イエス以上のイエス、ツェッペリン以上のツェッペリンだって出てくるかもしれない。
あとはやっぱりベノワ・デイヴィッドで新生バグルズをやって欲しいことです。トレヴァー先生がやりたいことをやりまくって欲しいw
投稿: ふみお | 2011年7月 9日 (土) 23時25分