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2011年4月30日 (土)

【震災関係】法王ダライ・ラマ十四世による東日本大震災四十九日法要@護国寺・動画

前エントリ「【震災関係】法王ダライ・ラマ十四世による東日本大震災四十九日法要@護国寺」の続きです。You Tubeに般若心経とメッセージをupしました。ファイルは4つあります。

……すみません、ようつべupなんてしたことなかったんでいろいろ混乱しました。今度こそ大丈夫だと思いますsweat02

般若心経

チベット語によるメッセージ(日本語翻訳つき)

チベット語によるメッセージ(日本語翻訳つき)、英語によるメッセージ

英語メッセージの日本語訳

【震災関係】法王ダライ・ラマ十四世による東日本大震災四十九日法要@護国寺

28日の夕方突然ネットで知り、緊急のイベントに適応できない私は行くかどうかものすごく悩んだのですが、類稀なる行動力(当社比)によって行ってきましたよ。

2011年4月29日、東京文京区の護国寺にて、法王ダライ・ラマ十四世による東日本大震災犠牲者四十九日法要に行ってまいりました。法王はもともと5月にアメリカ訪問の予定があり、4月29日の午後にトランジットで成田を通過する予定だったそうなのですが、28日はちょうど東日本大震災の四十九日に当たるので、移動を前倒しして28日に来日されたのだそうです。

法要は誰でもウエルカムとのことで、いったいどんだけ人が来るんだ?!と思うとなかなか躊躇するものはありましたが、一念発起してとりあえず突入。一時間ちょっと前に会場入りして(荷物検査、金属探知機あり)、おお、これはもうダメか?と思ったものの奇跡的に席は確保。まあ足元は立ちっぱなし覚悟の装備で行きましたが、ちょっと足の裏を痛めていたので、これはありがたかったです。

201104291

参列者はやはりチベット人、チベット支援関係者、仏教関係者が多かったですが、ネットで知って来たと思しき若い人がかなりいて、子連れのちょっと「スピリチュアル系」ぽい夫婦とかもいて、年齢層はそれこそ「あらゆる世代」という感じ。そう、スピ系カップルとか、あんまり化粧っ気がなくてナチュラルファッションな20代~40代の女性(そういう人はみんな一人で来ている)がいっぱいいました。私は……う~ん、やはりカテゴライズするとしたらスピ系おひとりさま女に見えるんだろうなあ。いや別にいいんですけど(面と向かって言われたらイヤだけど)。雰囲気としては、一般的な四十九日法要ほどしんねんむっつりとはしていないけれど、イベントのノリでもなく、だいたいにおいて「神妙な初詣」くらいの感じ。

目で見て概算、ということが非常にニガテなので、席がどのくらいあったのかはちょっと自信ないけど東京文化会館小ホール(650席)よりは少ない感じか。立ち見はかなりいたし、法要中に参拝だけして帰って行った人を入れたら……万単位まで行ったかもしれない。いや、こういうことニガテなんで、参考程度に流し読んどいてください。

前方の数か所に巨大なモニターが設置され、寺にハイテクなところがちょっとサイバーパンクな感じw 

待つこと一時間少々。長い(でもかなりあっさりとした)お坊さんの行列とともに法王のご入場。この時はお姿は拝見しましたが、シャッターチャンスは逃しましたorz 写真がヘタなのは相変わらずです……

待っている間はじりじりと日が照りつけてきて、けっこう暑い。日焼け止めは塗りまくってきたものの、でもこれは日焼けするだろうなあ、と思っていたら、各種ご挨拶の間にちょっと曇ってきて、法要が始まったらあっという間に気温が下がりました。にわか雨という予報もあってこれは「来る」なあという感じ。

201104292

法要本体は、(私にとってはある程度慣れ親しんだ)キリスト教の聖務とは違って、それぞれの経文を何のアナウンスもなくぶっ続けで読経。チベット仏教の典礼を編集なしの動画やライヴで見たことがなかったので、これにはちょっと驚きました。そうかそういうものなのか……。法王は読経に集中しながらも時々あごや首筋をポリポリと掻いたり、え~っと次って何だっけ~という感じで一般参列者に配られたのと同じ冊子を見たりしてて、なんともフリーダム。法要の後のお話でも笑ったりしてました。なんだけれども、それでいて不謹慎な感じはまったくせず、こういう自然体でフリーダムなところもこの方の魅力なんでしょうねえ。

お経は次の通り。字がなかなか出てこないのがあるので、ちょっと抜けてますが、重要な部分は全て入ってます。

帰依発心
四無量心
『仏母般若波羅蜜心髄経』
道場退魔法
普賢菩薩行願讃
入菩薩行論廻向品
千手千眼観自在菩薩御真言
地神と四大天女に対する供養文
七句祈願文 (蓮華生菩薩御真言 厄障消除祈願略文)
廻向文
仏説摩訶般若波羅蜜多心経
光明真言
如意輪観世音菩薩御真言

般若心経を三回唱えて法要はおしまい。そのあとまたご挨拶関係があって、法王からのメッセージ。

このメッセージは次のエントリでYou Tubeにupした動画にリンクします。内容はビックリするくらい現代的、科学的で、スピリチュアル系の人たちはかえってガッカリしたんじゃないかと思うくらい実際的なものでした。カール・セーガンかと思うじゃないですかcoldsweats01 日頃安易にアセンションがどうのとか、ポジティブ・シンキングで何でもいいことが引き寄せられるとか言ってる人たちはちょっと反省して欲しいことです。

このお話の最中についに雨が降り始め、しまいにゃ幾つか雹が混じる始末。もう動画を撮りはじめてしまったので傘をさすのもままならず……。なんで人間ってカメラ持ってるとシロートのくせにへんな使命感に駆られたりするんだろうsweat02   ハンカチでカメラを守るのが精いっぱいで、おろしたての一張羅の黒ジャケットは、東京の凶悪な酸性雨の餌食に。暖かい気候に慣れてきた体は超冷え冷え。お話が終わるころに雨もやみ、その後何事もなかったかのように晴れてしまいました。

201104293_2

お帰りの際も荘厳な大行列にしないでわりと普通に帰っちゃう。参列者はよけい混乱するぢゃないですかcoldsweats01 シャッターチャンスなようなそうでないような、ビミョーな写真ですみません。心は温まれども、この後、気温も上がらず、身体は冷え冷えのまま震えが来るありさまだったので、下山後友達と合流して日没前にすでに酒を飲んでましたw いや~、だって、寒かったんですよ、マジで。

壮大な感動に包まれたとか、人生が変わったとかの大げさなことはなく、これからまた長い復興の道のりを歩いてゆくためにちょっと(しかし確実に)手を貸していただいたという感じの法要でした。

作家というのは言葉を扱う仕事で、被災した方々に対して心に響くようなメッセージを発するべきと思われるかもしれません。が、私の昔からの読者さんならば、私がそういう感動メッセージ系の作家ではないことはよく御存じだと思います。何かを心に思うことと、それを形にすることは全然別な問題で、苦手なことをどうにか形にしたところで、それが本当に心を反映しているとは限らないと私は思っています。だから、私の出版やこういうブログを通じて、各自自分が欲しいと思うものを受け取ってくれればいいと考えています。今回の法要には、当の被災者の中で出席できたという人はほとんどいないでしょうし、緊急に告知されたので都内にいても知らなかった、出席できなかったという人は多いでしょう。次のエントリで般若心経と法王からのメッセージの動画をupしますので、参加できなかった方、被災地の方々に見ていただければと思っています。

次エントリに動画を貼りました。

2011年4月25日 (月)

伊藤計劃『ハーモニー』、ディック賞特別賞受賞

もうすでにニュースが出回ってますが、日本SF作家クラブからも公式に回状が回ってきました。故・伊藤計劃さんの『ハーモニー』が2010年度のフィリップ・K・ディック賞の特別賞を受賞したとのことです。

The Official Philip K. Dick Awards Home Page

アメリカに日本の作品を売り込んでいる出版社の話によると、日本側から「これを紹介したい」と思う作品はあっても、アメリカ側から「もっと分かりやすい、気楽に楽しめるライトノベル的なものを」と求められたり、すでにアメリカのオタクたちに馴染みのあるジャパニメーション風のものを求められたりで、なかなか「日本のいい作品を紹介する」が実現しないのだとか。そんな中、内容に重みのある、チャラっと表面だけ楽しむ性質のものではない日本のファンタスチカがアメリカで評価されたのは、単に一作品の受賞という域を超えた意義があるのではないかと思います。他にも日本の作品は英語で出版されてるんだから、アメリカの読者も腰を据えて読んでほしいことです。ほかならぬディックを輩出し、評価した国なのですから。

今、震災の件もあって、アメリカはかなり日本人の内面的なことにも関心を持っているというようなことも聞きます。日本の文学にとっても、より理解してもらえるチャンスかもしれません。だからといって、私は芸術至上主義っぽく「震災があってかえって良かった」とか思えない小市民ですが。でも、転んでもただでは起きない、とは思っています。今だからこそ、小説のみならず、映画とか、美術とか、あらゆる形式の芸術を以て、世界に日本を理解してもらいたい。はからずも、伊藤さんはその先鞭をつけられたのかもしれません。

伊藤さんご本人には一度もお目にかかったことがなく、入院中で欠席のまま日本SF作家クラブに入会の報告がなされた総会が一番の「接近」だったという縁遠さ。見知らぬ他人である私がお祝いを言ってももうこの世ではご本人には届きませんが、地上の片隅からお祝いさせていただきます。

2011年4月21日 (木)

これだから現実はイヤよ

モスクワの北朝鮮大使館、敷地内に違法カジノ

【モスクワ=貞広貴志】ロシアの有力紙「イズベスチヤ」は20日、モスクワの北朝鮮大使館敷地内で、違法なカジノが経営されていたことが発覚、露外務省が閉鎖を要求したと報じた。

 同紙によると、北朝鮮大使館は2010年10月、敷地内にある建物の2000平方メートルのフロアを露企業に貸し出した。表向きはレストランだったが、厳重な身元チェックの先では、賭けルーレットやポーカーが行われていた。露外務省は18日、「カジノを即座に閉鎖し、同様の違法行為が今後行われることがないよう要求する」と北朝鮮大使館に申し入れたという。

 ロシアでは09年にギャンブルが非合法化され、地下カジノが広がった。一部違法業者は大使館の治外法権に目をつけた模様で、同様の疑惑はベラルーシ大使館でも浮上している。

(2011年4月20日19時40分  読売新聞)

ロシアの美人スパイ事件の時にも思ったし、北朝鮮の女スパイが韓国の軍人を籠絡していた時にも思ったけど、今回も思った。現実は恐ろしいなあ、と。現実は「陳腐さ」を恐れない。作家はつい「陳腐さ」を恐れてしまうけど、現実はそんなことは意に介さないので勝負にならないw もしこんな小説書いたって、どこの出版社も受け取ってくれないよ……

ただ、映画だったらロジャー・コーマンあたりがプロデュースすれば作れるかもだw もっとも、日本で買い付ける配給会社はないと思うけどw でもDVD出したらギリギリ採算は取れるかもw

2011年4月18日 (月)

【震災関係】プロコフィエフからの震災見舞い

16日、日本ユーラシア協会文化サロンの第一回として、プロコフィエフ生誕120年記念の講演と映画上映があったので、行ってきました。でも行く前から大きな余震sweat02。うぐぐぐぐぐぐぐ。少なくともインシュリンだけは「一日、二日は帰ってこられない」装備で出かける。しくしく。

前半は沼辺信一さんの講演で、プロコフィエフのソ連帰還の経緯とその謎について。後半はプロコフィエフが初めて映画音楽というものを手がけた作品『キジェー中尉』(1934年、アレクサンドル・ファインツィンメル監督)の日本初上映。

『キジェー中尉』は、普通、日本では『キージェ中尉』と表記されるけど、ロシア語のアクセントとしては「キジェー」が正しいようだ。英語やフランス語で表記される時は最後の「e」にフランス語のアクサン記号がついてて、確かにこれだとフランス語でも「キジェー」だよねえ(ちなみに映画の中では「キジェーの先祖はフランスからの移民でして」というセリフがある)。でもなんか「キジェー」だとおさまりが悪い気がするのよねえ。ただの刷り込みかもしれないけど。でもとりあえずこのエントリの中では「キジェー」に統一します。……忘れなければね。

映画のストーリーは組曲の解説にある通り。昼寝の邪魔をされた皇帝の怒りをそらすため、廷臣たちが架空の「キジェー中尉」をでっちあげて罪をなすりつけようとする。が、皇帝のきまぐれでキジェーはシベリアに送られたり、呼び戻されて女官と結婚させられたり、昇進したり。めんどくさくなった廷臣たちがキジェーは死んだことにすると、キジェーの葬式まであげられる。ブロコフィエフが五曲からなる組曲にした方ばかりが有名で、映画のほうは「そういえばそんなものもあったっけね」的な扱いになりがちで、日本ではほとんど誰も見たことのないシロモノ。で、実際に見てみると、「そりゃわざわざ上映したりDVDにはしないなあ」というお品物でした。

はっきり言って、だるい。何よりも、長い、長いよ! 長すぎる。このネタでよくも80分もやってくれたね。これ、プロコフィエフの音楽を要として20~30分の短編にびしっとまとめたら、今でもけっこう名作と言われていたんじゃなかろうかと想像。トーキーというものができたばかりの時代の作品なので、セリフや音楽を入れた映画をどうやったものか誰もつかめていない感じで、プロコフィエフの音楽も、組曲の何分の一かしかない。組曲の中に取り入れられたライトモチーフがちょっと出てくるくらいの感じ。『スター・ウォーズ』のCD二枚分のサントラとかに慣らされた現代人には衝撃なのだが、組曲はながーーーい映画音楽のいいところを取ってコンサート・ピースとしてまとめたんじゃなくて、映画にちょびっとだけ取り入れられた音楽を発展させて拡大したのが組曲なのだった。

でも、ストーリーにはロマンスあり、女の見栄や官僚の事なかれ主義、コメディ、権力風刺といろいろな要素があってなかなか面白く、こんなダルイ映画にしちゃったのがつくづく惜しまれる。スターリン時代によくこんな権力批判の映画を上映できたなあと思うけど、実は30年代前半というのはまだそういう時代ではないとのこと。この監督はその後は「沈香も焚かず屁もひらず」的な映画作りを続けたおかげで、特に何のおとがめもなく(かといって特別な名誉もなく)スターリン時代を生き延びたという。なるほどね。

井上はこの字幕つくりのために、モスクワの国立映画保存所で正式に台本を複写させてもらったんだけど、そこまで労力を費やす必要があったのか?!というくらいダルい映画でした。ネットに英語字幕の動画が出回ってるけど、これがまたあちこちに誤訳があるんだって。けど、字幕を台本から起こしてちゃんと上映したからこそ、それを見た我々は「いや~、あの映画ね、実際にみると名作には程遠くて……」とか、偉そうに語る権利ができたというものです(笑)。そこは喜ぶ所かどうか分かんないですけど。

で、話が前後しましたが、前半は沼辺信一さんの講演。プロコフィエフは生涯にわたって詳細な日記を書き続けた人ですが、ソ連帰還後の日記(全部ではない)が21世紀になってからやっと出版されたばかりで、最近になってから分かってきたこともたくさんあって、これからプロコフィエフ像は大きく変わってくるかもしれないとのこと。

プロコフィエフは1918年にアメリカに渡る途中で日本に立ち寄った際、徳川家の末裔で私設のコンサート・ホールや音楽図書館を持っていた文化人である徳川頼貞や、音楽評論家大田黒元雄らと交流している。1923年に関東大震災が起こった際、パリで活動していたプロコフィエフの元にそのニュースが届くや否や、彼は徳川や大田黒に当てて、英語でとても心のこもったお見舞いを出している。徳川らが受け取った現物は残っていないけど、ブロコフィエフという人はこまごまと日記をつけてただけじゃなくて、人からもらった手紙はもちろん、自分が出した手紙の下書きとかもぜーーーーーーーーんぶ何でもかんでも取っておく人だったので、日本に当てた手紙も下書きが残っているのだった。

今この時期にその手紙を読むと、なんか今の我々をプロコフィエフが心配してくれているみたいでちょっと嬉しかったことです。

イベントの後は青山の飲み屋で宮城の「浦霞」を飲みながら原発の話。浦霞で酔っ払ってて、みんななかなか原発の名前が出てこないのだった……

2011年4月14日 (木)

【震災関係】地震予知(流言飛語と受け取られかねない内容を含みます)

「地震の予知は不可能」…東大教授が寄稿

「地震の長期予測や予知は不可能で、東海地震の予知研究はやめるべきだ」などとする、ロバート・ゲラー東京大教授(地震学)の論文が14日、英科学誌ネイチャー電子版に掲載された。

この人は昔っっっから地震予知不可能派だもんね~。この手の発言は今に始まったことではない。しかし、地震学って、せいぜい半世紀ほどしか歴史はないという。その程度の研究で我々人類が「地震予知は可能か、不可能か」に結論を出せると考えるのはどうなんだ?と思う。数百年単位でデータの蓄積と研究をしないと判断できないことなんじゃないだろうか。どうなんだろう?

科学還元主義者や似非科学と戦うこと自体が趣味の人たちは、地震にまつわる「昔からの言い伝え」を(軽視する意味で)「利用可能性ヒューリスティック」と言って科学の領域からは排斥する方向で発言するが、本当にそれでいいのだろうか? たとえば、(日本では)「大地震の前年は猛暑」という「昔からの言い伝え」系の言説がある。しかし、1994は観測史上二番目の猛暑で1995年1月17日に阪神大震災、2010年は観測史上最高の猛暑で2011年3月11日に東日本大震災という事実、うちの父方母方のじいちゃん、ばあゃんたちが言ってた「関東大震災の前の年がその後経験のないほどの猛暑で、ひどい年が続いて辛かった」という昔話を科学から切り離すのは、切り離してOKという論拠を蓄積しないとできないのではないだろうか。

友人のハードSF系作家は「地震をもたら地殻活動と海洋条件は無関係ではなく、海洋条件と気象は無関係ではない。猛暑と地震に関連性があっても不思議ではない」と指摘する。そう、ヒマラヤの雪解けとインド洋の温度と(間に幾つかファクターが入る)北極圏の寒気団の蛇行が関連しているみたいに。←これだって、ちゃんと説明してもらわないと「風が吹けば桶屋が儲かるかよ!」と思っちゃう。もし地殻活動と海洋と気象の関係性を分析し続ければ、科学的に有用な結果が得られるのではないだろうか。そこまで観測も分析もしてないのに似非科学扱いするのは科学的態度とは言えないのではないだろうか。

○○を食べないでいると××の病気になる、△△を食べると□□の症状が改善される、みたいな経験則を科学的に扱うことによってビタミンが発見され、微量元素の必要性が分かってきたのと同様、天変地異に関する「昔の人の生活の知恵」を科学的に検討することは必要なんじゃないだろうかと私は考えている。

何世代も前から暦を扱ってきた神職系の人の中には、「大地震の後の大潮となんとかが重なった日は要注意」等と言うらしい。「でも、人前で言うと流言飛語になりかねないから言えない(泣)」と。しかし、断層が不安定になってて、実際にM7級の余震が頻発している今に、衛星の引力や普段より大量の海水がその断層に作用することを考えると、科学的に言っても大地震の後の大潮ってヤバいと考えるのは当然なような気がする。もっとも、何がいつどのくらいの規模で起こるのかを断言できないので、それは「予知」とは言えないのも事実だけど。

科学的この上ない緊急地震速報の精度も33%だそう。つまり、10回びびらされてもそのうち3回程度しか役に立たないということ。でも打率だったら33%ってスゴイ。イチロー並みだよ。これを有用とみなすか無用とみなすかは、実際の市民生活の中でどうだったかを検証しないと判断できないので、この数値だけを挙げて論じるのはあまり意味がないだろう。

地震の予知というほどではないが、予測に関しては、こんな発表もあったり。

震源域東側でM8級、早ければ1か月内…専門家

東日本大震災の震源域の東側で、マグニチュード(M)8級の巨大地震が発生する可能性が高いとして、複数の研究機関が分析を進めている。

日本海溝の東側で海のプレート(岩板)が引っ張られる力が強くなっているためで、早ければ1か月以内に津波を伴う地震が再来する危険がある。

ちなみに、東日本大震災後最初の大潮は4月18~26日。「昔からの言い伝え」系と矛盾しない。「予知」ができない以上、この間に何ができるというわけでもない。だが、科学者はデータを蓄積する義務はあるのではないだろうか。役に立つのは数百年、数千年後かもしれないし、それまでに人類が滅亡していないとも限らないけど。

数百年に一度、数千年に一度の災害にどの程度備えるか、その数百年後かもしれない災害に備えるために今現在の国民の血税をどの程度使ってもいいのか等、政治的な問題は別として、少なくとも科学者は、何百年後に必要になるか分からないデータを蓄積する義務があると考える。まあ、義務はあっても予算がないとか、そういう問題もあるでしょうけれど。でも、科学の道義としては義務はあると思う。

ところで、あれ以来、犬を飼っている友人、知人に会うたび、地震の前後のわんこたちの様子はどうだったかと聞いてるんだけど、みな一様に「地震の後に甘えん坊になった。地震の前の様子は変わらなかった」と言う。そうか……わんこ予知はムリかsweat02 いや、いいんだよ、甘えん坊でも。可愛いからいいことにしよう(笑)。

2011年4月 4日 (月)

イタリア・デビューしました

地震で忘れ去っていたことがけっこうある。3月10日に土浦で買ってきた干し芋も思いっきりきれいさっぱりと忘れきってて、三週間ほど経ってやっと夫に「おみやげ……」と差し出しました。まあ干し芋はもともと保存食だし、真空パックされてたんで、三週間くらいでは別にどうということはないんだけれども、ヘタしたら年末の大掃除に出て来ることになったかもしれないsweat02 茨城のソウルフード、干し芋。こういう干す系はそのうち風評被害で売れなくなるかもしれないのが心配だ。実を言うと個人的にはさつまいも系ってあんまり好きではないんだけど(非県民的態度)、また買うよ。みんなも買ってね。たいして震災関係のエントリでもいなけど、干し芋は買って欲しいのでいちおうそのカテゴリにしました。

まだまだ忘れてたことがある。2月、イタリアでデビューしました。短編ですが。

イタリアのCS_libri社がシリーズ化している幻想小説系のアンソロジーALIAの2011年版、ALIA Storieに、マッシモ・スマレさんが翻訳した「空忘の鉢」(異形コレクション28『アジアン怪綺(ゴシック)』(2003年)初出)が収録されました。以下、スマレさんのブログからコピペの作者とイタリア語タイトルのリスト。

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ALIA storie, a cura di Massimo Soumaré, Davide Mana, Silvia Treves

Indice
- p. VII Siamo in viaggio da sette anni di Silvia Treves
- p. XIII Profili degli autori e degli illustratori di Massimo Soumaré
- p. 3 Sulla distesa d’acqua di Alice Arisugawa (有栖川有栖、Giappone)
- 17 La tomba di Qiufan Chen (陈楸帆、Cina)
- 27 Ultimi giorni di Dave Chua (Singapore)
- 39 Il soffio lontano del vento di Massimo Citi (Italia)
- 53 La fine del mondo di Fei Dao (飞氘 、Cina)
- 59 Senza parole di Fulvio Gatti (Italia)
- 69 Il regno dorato di Reiko Hikawa (ひかわ玲子、Giappone)
- 87 Resurgam di Consolata Lanza (Italia)
- 101 DB di Fabio Lastrucci (Italia)
- 111 La Fenice di Lucía González Lavado (Spagna)
- 127 Pianeta rosso di Davide Mana (Italia)
- 151 La casa della lespedeza rossa di Yûko Matsumoto (松本侑子、Giappone)
- 159 La citta’ eterna di Haitian Pan (潘海天、Cina)
- 171 Ghosts di Alvin Pang (Singapore)
- 177 Volo di gru di Benjamin Rosenbaum (USA)
- 205 Le stravaganti vacanze estive di una maga e di una volpe di Massimo Soumaré (Italia)
- 235 Invisibile di Tôya Tachihara (立原透耶、Giappone)
- 261 La ciotola della vuota dimenticanza di Fumio Takano (高野史緒、Giappone)
- 291 Brilla brilla, lumicino di Mei Ching Tan (Singapore)
- 295 Lo scout di Silvia Treves (Italia)
- 327 I bambini del lago di Cyril Wong (Singapore)
- 335 Il primo amore di Arimi Yazaki (矢崎存美、Giappone)

Cover originale di Yoneda Hitoshi (米田仁士、Giappone)
Illustrazioni interne originali di Keitarô Arima (有馬啓太郎、Giappone), Yowkow Fujiwara (フジワラヨウコウ、Giappone), Laura Garijo (Spagna), Ryô Kanai (哉ヰ涼、Giappone), MoMa KoN (Italia), Chiara Negrini (Italia) Cris Ortega (Spagna), ScarletGothica (Italia)

"ALIA storie-l'arcipelago del fantastico", CS_libri publisher, Torino, Italy, February 2011, ISBN 978-88-95526-25-6

まあ、イタリアの文芸書って異様に発行部数が少ないし、ALIASに載って大ブレイクした日本人作家はいないので、「これでアタシもヨーロッパに紹介された作家よ!(鼻高々)」みたいなわけにはいきゃ~しませんけどね。でもイタリアって、文芸書は初版数百部(!)なんていうのがザラでも、それでも文芸書を出版し続ける人がいて、読んでいる人がいるということ自体がすごい。翻訳をする人がいるっていうのもすごい。全然儲からないと分かってても、何だかんだ言って日本人もかくやというくらい勤勉かつ地道に本作ってるしね。やっぱりイタリアって、いろいろと文化関係のリテラシー高いのよねえ……

というわけで、日本でイタリア語の本の話してもしようがないっちゃしょうがないんですが、とりあえずご報告まで。自分で外国もののアンソロジー作ってると、ALIAの苦労もよーーーーーーーーーーく分かる。私のアンソロジーは……みなさん、東京創元社の小浜徹也に向かって、「早くゲラを出せバカヤロウ!」と念を送ってください。念だけじゃなくてパンチの一発も送っていただけるとなおありがたいです(泣)。

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