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2011年1月24日 (月)

女ハンニバル・レクター

あの静岡かみつきザル、今朝脱走…捜索中

静岡県三島市や富士宮市などで昨年8月から10月にかけて120人近い住民を次々と襲い、捕獲後に三島市内の観光施設「楽寿園」で飼育されていたメスのニホンザル「らっきー」が24日朝、オリから逃げた。

市によると、らっきーは24日朝、同施設職員が清掃のためオリに入った際、開いていた扉から外に逃げた。オリの扉は内扉と外扉の二重になっているが、いずれも開いていたという。

ここまで来るとさすがとしか言いようがない。サル界の女ハンニバル・レクターじゃないですか。飼育員もハリウッド映画を見て隔離に関する注意を学習したほうがいいかも。

でも真面目な話、こういう個体の脳は研究したほうがいいと思う。

2011年1月22日 (土)

紛争地帯の手法

おととい人に聞いてこんなトピックの存在を知る。

発言小町「食事が窮屈です」

長いしムダなレスが多いのでトピ主レスだけ読めば充分。マナーについての話題として教えてもらったんだけど、私は全然別なことを考えました。

これって、紛争地帯で武力制圧に持ち込むための手法じゃん……

相手の嫌がる、ごくささいなことを続ける。しかもそれは、周囲から理解の得られやすい、伝統や儀礼、宗教にかかわる、非暴力的で極めてささいなこと。相手が苛立って小石の一個でも投げ込んで来たらラッキー。相手が「暴力をふるった」ことを理由に武力介入。

まあ奥さんもわがままな人だったみたいだけど、そんな奥さんの方がまだマシに感じられる……

2011年1月20日 (木)

Flying girl in Russian wood

友達に教えてもらった動画。

撮影者はワンコの「取ってこ~い!」動画を撮ろうとしていた様子。でもワンコは呼び戻しても戻って来ず、あらぬ方向へと走り出してゆく。撮影者が追ってゆくと、そこには親子らしい二人連れがいて……女の子のほうは……。撮影者は「何だあれは?」とつぶやく。そして……

むむうsweat02 魔法でも、超能力でも、マッドサイエンティストでも、フェイクでも、どれでもあり得るロシア。いや、フェイクが一番あり得ないかな。もしフェイクだったら、ゼッタイこれ見よがしな動画を撮っているはずw

林譲治さんが「飛ぶ能力はあっても人が近づいて来るのは気がつかないんだ……」という趣旨のツッコミをしてましたが、確かにwww 私がたまに機械や磁気カードを壊す能力を発揮してもそれは何の役にも立たないのと同じで、彼女も2メートルばかり浮かぶ以外の能力は無いのであろう……

2011年1月15日 (土)

オネエ系マラーホフ@ベルリン国立バレエ「シンデレラ」

昨日、友人から譲ってもらった権利でベルリン国立バレエの「シンデレラ」のゲネプロを見てきました。

ベルリン国立バレエは2004年にベルリンの三つのバレエ団を統合してつくられた、伝統もあるけど新しいバレエ団。現芸術監督(初代)はウラシーミル・マラーホフ。来日は5年ぶり。東京公演のオケは東京シティ・フィル。

今回の「シンデレラ」はマラーホフ版の変わりシンデレラ。変わりくるみや変わり白鳥はいろいろヴァリエーションがあるだろうけど、シンデレラは限界があるんじゃないかと思ってたら、「その手があったのか!」って感じでした。

第一幕はバレエのけいこ場でスタート。シンデレラ=平団員、意地悪な継母=芸術監督(女性)、意地悪な二人の姉=先輩バレリーナ、実の父親=メートル・ド・バレエ、仙女さま=元プリマの指導者という置き換え。先輩バレリーナの二人は男性が演じるパターンで、一人は飲んだくれ、一人は食いしん坊。この二人の役どころを男性が演じるのは珍しくないというか、現在はそれが主流になってるけど、ここではバレリーナという設定だけあって、二人ともポアントで踊るのだった。芸術監督や指導者たちは、ベルリン国立バレエのホンモノ。衣装デザイナーもホンモノ衣装の人がやっているという凝り様。

これからこのバレエ団にやって来る大スターのゲストダンサーが、次の公演のパートナーを選ぶのだという。二人の先輩バレリーナは自分が選ばれるんじゃないかと思っている。皆が休憩に入って退場するが、シンデレラは一人で練習をしている。が、疲れて途中で眠り込んでしまう。すると、夢の中に元プリマ=仙女さまが表れて、四季の精の踊りを見せ、夢の中の宮廷に連れて行ってくれる。もちろん(夢の中の)12時までには帰ってこなければならない。ここで普通に第一幕は終わり。

四季の精の踊りは初めて出てくるヴァリアシオンなので、オケとタイミングを合わせるために二度通し。この時に入れた代役のダンサーを使って、第二幕のパ・ド・ドゥの当たりもつける。演奏が普段やってるオケでないので、重要なヴァリアシオンとパ・ド・ドゥは念入りに仕込むわけですね。

第二幕第一場は、シンデレラの夢の中の宮廷。宮廷というか、様式化されたショウビジネスの世界というか。この場は曲の省略や順序の入れ替えをやって、ストーリー重視の展開に。舞踏会に芸術監督とメートル・ド・バレエ、二人のバレリーナ(ここではハイヒールで踊る!)、スターダンサー=王子、シンデレラの順で登場。ここで曲を第36曲、第32曲、第33曲の順で配置してグラン・パ・ド・ドゥの構成にしている(コーダは第二場のラストに持ち越し)。オレンジの場面すぐ後真夜中の鐘のシーン。シンデレラは退場するが、ここでガラスの靴を残すわけではないところがミソ。

第二幕第二場は、またバレエ団のけいこ場に戻る。シンデレラはうたた寝から目覚め、他の団員たちや指導者たちが休憩を終えてけいこ場に戻ってくる。もうすぐ、ゲストになるスターダンサーがやってきて、次公演のパートナーを選ぶことになっている。当然、二人の先輩バレリーナたちは自分が選ばれるものと思って期待している。この時、シンデレラは二人の先輩バレリーナにやられっぱなしではなく、王子役の衣装を先輩たちと奪い合ったりする気の強さも見せる。けいこ場にやって来たスターダンサーは、芸術監督がひいきする先輩たちを差し置いて指導者たちが推すシンデレラをパートナーに選ぶ。ここでグラン・パ・ド・ドゥのコーダをやる。

アポテオーズは、普通のシンデレラなら当然、「王子とシンデレラは末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」の様式化だが、このマラーホフ版の最大のミソはそれをやらないところ。確かに、スターとシンデレラのロマンスの予感はあるが、この物語テーマは、芸術家であるシンデレラが実力で指導者たちやスターに認められてチャンスを掴み、これから芸術とショウビジネスの世界でたった一人で生き抜いてゆくスタート地点に立つというところなのだ。アポテオーズでは、誰もいない舞台に舞台衣装をつけたシンデレラが現れ、舞台袖のピアノの上に置いてあったファンからの手紙と花束を見つけ、それを抱きしめて観客のカーテンコールに応える。そこには、古典シンデレラの唯一のよりどころである王子とのロマンスはない。このテーマはノイマイヤーの「くるみ割り人形」と基本的に同じなのだ。

第二幕は何度か中断と確認があっただけで演目通り進行。最後にカーテンコールの練習もする。そうかこうやってやってたのかw

シンデレラはポリーナ・セミオノワ、スターダンサー=王子はミハイル・カニスキン。しかし……すんません、けいこ場とかオレンジの場面ではほとんどこの二人見てませんでしたすんませんすんません。何故なら、食いしん坊のバレリーナをやっている男性ダンサーというのが、実はマラーホフ本人なのである。二人の先輩バレリーナは、本番ではどぎつくメイクしてかつらや髪飾りもつけて登場するのだが、ゲネプロでは本番の衣装をつけているだけで、顔と髪は素のまんまなのだ。マラーホフは動作の細かいところから、ポアントでのアチチュードやアラベスク、ピルエット、表情に至るまで、すべて本番並みの熱演。けいこ場でバスケットからお菓子を出して食べるシーンが何度かあるのだが、ほんとにお菓子食べてるし……。バレエの舞台での「消えもの」って初めて見たよ……。ロシアのバレエ学校はキャラクテールの授業を重視していて、まだノーブルかキャラクテールかも決まらない子供の頃から、全ての生徒にみっちりとキャラクテールの方法論をたたきこむと聞いているけど、やはりロシアで教育を受けたダンサーはこういうところにその成果が表れるのかもしれない。個々の才能ということもあるだろうけど、やっぱりカリキュラムの力って大きいと思う。ロシアの全幕物ってキャラクテールの充実がハンパないしね。それにしても、マラーホフは、ポアントへの重心の乗せ方とか、女性ダンサーの脚の上げ方(デヴェロッペとか)がネタを超えてちゃんとできていて、動作の端々にもおネエ系っぽい演技を行き渡らせていて、ほんとにすごい。

もう一人の飲んだくれバレリーナはフェデリコ・スパリッタ。こちらは、やや小柄なマラーホフとは対照的な、大柄で男性的な感じの人なのがミソね。いずれにしてもこの二人の役は、いかに優れたキャラクテールであってもポアントで踊れないといけなので、踊れるダンサーは限られるでしょうねえ。

時々、芸術監督の顔になってダンサーたちに指示を出したり、いらんところでもオネエ系の演技を見せてくれたり、メイクなしの「見るからにマラーホフ」な状態でこれを見られたので、案外、本公演よりゲネプロのほうがお得だったかもしれない。私はトップスターが絶頂期を過ぎてからプロデュースや指導の能力を発揮してゆく姿を見るのが好きなので、マラーホフが10年、20年前のガラ公演で見せたプロデュース能力がより深化してきたのが見られて嬉しかったです。ダンサーとしてはすっごく好きというタイプじゃないんだけど、だからこそなおさら嬉しいというか。

本公演は今日(1月15日)から。

2011年1月13日 (木)

茨城における大学芋の認識について

さっき「秘密のケンミンSHOW」でやってて激しく狂おしいまでに驚いた件。

「茨城県民は大学芋を『おかず』だと思っている」

ええ思ってましたとも。なんでみんなそれで驚くのかが分からない……

まあお茶うけというか、おやつとしても扱いますが、カテゴリとしては「スイーツ」ではなくあくまでも「おかず」。だって給食にもフツウに出てたもん。うちの近所に大学芋のお店があるけど、なんか他におやつっぽいものを売っていて、お惣菜屋さんじゃないことをいぶかしく思っていたのだが……

夫(東京生まれ東京育ち)に確認したら、「スイーツのカテゴリ」だと言うではないか。

そうか、それが世間の認識なのか……………………

2011年1月 1日 (土)

ウェルザー・メスト&ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート 2011

ウェルザー・メスト&VPOのニューイヤー・コンサート終了。正直、生中継のを最初から最後まで見たのって……大きな声では言えないけど15年ぶりくらいか。一番血道をあげていたのは中高生の頃で、大学に入るくらいの頃には、ニューイヤー・コンサートをありがたがるという風潮自体をダサく感じて反抗し、そもそもウィンナ・ワルツとか全然聞かないでロシア、フランスものとか近現代ものとか聴くようになって(クラシックファンの中の尾崎豊化みたいなことは、わりとある)、『ムジカ・マキーナ』を書いてる頃にまた中継を見るようになって、メータとかマゼールとかのツボじゃない指揮者が続いた頃にまた気持ちが離れてしまい、ここ数年は再放送を見ていた、という変遷だったりします。

バレエの振り付けがジャン・ギョーム・バールになって、なんかえらく洗練された気がするのはひいき目過ぎ? 今シーズンからウィーン国立バレエの監督がマニュエル・ルグリになったというのは実は今日初めて知った罠。バールはもう10年以上前からルグリがプロデュースする公演などで振り付けを磨いてきているので、このタッグの実力発揮でしょうか。よ~く見ると、踊っている場所の床材や絨毯の有無で巧みに振り付けを変えていて、見た目だけ重視じゃなくダンサーへの配慮も実にこまやか。「わが人生は愛と喜び」の三組は、登場順にオーストリア、ポーランド、ハンガリーの象徴でしょうか。特に、ポーランドの男性はショパンかなあという感じ。オーストリア、ポーランド、ハンガリーというより、シューベルト、ショパン、リストかな。窓の外、むっちゃ雪積もってましたね。

前半は慎重に様子見とウォームアップだったようで、あまりいじらずに、ウィーン・フィル的「ウィーンっぽさ」の自主性に任せたという感じでしたね。

後半に入ると、いきなり「騎士パズマン」で飛ばす。これは相当みっちりオケに仕込んだ様子。まさしくフランツ君らしい、いい意味でも悪い意味でも、想像通りの演奏。ああカッコいい。ふふん、だから「騎士パズマン」はウェルザー・メストに向いていると言ったじゃん。きっとやると言ったじゃん。大当たりじゃん。今年一年間、ずっと自慢したるわ。カチューチャ・ギャロップは「カチューシャ」じゃなくてスペイン舞踊の「カチューチャ」ね……。カンチガイしてました。予想の大穴を狙いすぎて目が滑りました。ああ恥ずかしいsweat01 後半は「騎士パズマン」と「メフイスト・ワルツ」、「ロマの踊り」、「わが人生は愛と喜び」はかなり仕込んできて、あとはVPOの「らしさ」に自然体に任せた感じでしょうか。全体に、マエストロっぽいとかエンターテイメントっぼいとかではなく、えらいノーブルな印象でした。

アンコールで露呈したのが、ネタっぽい演目のお遊びや客いじりのヘタさ。不安には思ってたけど、予想以上にヘタ。「ドナウ」の時の新年のあいさつが超シンプルだったのは、客いじりがヘタだという自覚があるからか、と邪推するワタシ。それにしても……ああ……「ラデツキー行進曲」のあの部分は、基本的には客はずっと拍手しててもいいはずなのよね。前半がピアノ、後半がフォルテで。指揮者によっては後半だけ拍手させるとか、曲の最後のほうはずっと拍手させっぱなしとか多少のヴァリエーションはあるものの、いずれにしても指揮者はうまく客をいじらないといけない。止めるパターンはバレンボイムがむちゃくちゃ上手くて、あれはウケたなあ。フランツ君は客のせるにしても止めるにしても、もっと上手いとこいじらないと。最初は拍手していた客が「え、これ、拍手してもいいの? どうなの?」という感じで迷ってフェードアウトしちゃうなんて、あまりにもノリが悪すぎる……。指揮を見てても、確かに、拍手すべきなのか止められてるのか分かんなのいよね。ドナウの時も、何だか「弦のトレモロ→客の拍手→演奏を止める」のタイミングがちょっと悪くて、誰も彼もが「え、これでいいの?」と迷いながらやってる感じで、イマイチでした。ああいうのは水戸黄門の印籠なんだから、もっとマンネリの快感が味わえるノリでやってほしいことです。ことに、ダニエル・バレンボイム(2009)とジョルジュ・プレートル(2010)の究極の客いじりの後なだけに、ちょっとガッカリ度が高いよ、フランツ君。

来年はヤンソンスか……。ヤンソンス、嫌いじゃないんだけど、なんか今一つ乗り切れないのであった。フランツ君には、次に登場するまでに客いじりを向上させてほしいところです。ただのお遊びネタじゃないんだから。あれが大事なんだから。

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