遅塚先生のご葬儀に行ってまいりました
本日、遅塚忠躬のご葬儀に参列してまいりました。自分自身の免疫力がちょっと怪しいことになっているので(まあ季節の風物詩程度ですが)、お通夜には参加できませんでした。
学会で遠くから拝見したことしかないような重鎮の先生方から、私のような吹けば飛ぶような弟子まで、大勢の参列者が集まりました。式自体はびっくりするくらい簡素に済んでしまって、これも遅塚先生らしいと言えるかもしれません(「儀式なんか長々とやってたってしょうがないんだから」とか言われそう)。控室は研究会や学会の報告、打ち合わせがあちこちでなされていて、ほとんど学会のロビー状態。むしろそれで、誰もが心から遅塚先生のためにここに来ているのだという実感が持てました。
遅塚先生のお顔は本当に安らかで、また新たな研究の充電のためにちょっと休んでいるだけのように見えました。
湿っぽくなりすぎず、徒に形ばかり荘厳であったりもせず、よいお式だったと思います。
昨日まではただ悲しいばかりでしたが、今日、遅塚先生ゆかりの大勢の方と接することで、遅塚先生は研究成果や日本のフランス近世史研究の気質、門下生の在り様の中にずっと生き続けているのだという「不死性」を感じて、少し気持ちは落ち着きました。
正直に言うと、私も訃報に接して慌てて『史学概論』を購入したくちです。確かにけっこうなお値段なので、アンソロジーのギャラが入ってから……買ったら先生んちに遊びに行ってサイン入れてもらおう、などと呑気に考えていました。今、「はしがき」と「むすび」だけ読んでしまいました。「むすび」に「本書には弱点が多々あるが、それでもいま本書を刊行したのは、誰かがまとまった史学概論を書かねばという義務感に駆られたからであり、本書を今後の議論の材料とするためである」という趣旨の文がありますが、これ、私がロシア・東欧アンソロジーを作り始めた時から関係者にずっと言ってきたことと同じなのでびっくりしました。そう、私のこの無謀計画実行のルーツって、やっぱり遅塚先生にあるんですよ。遅塚先生は「ただ考えるだけじゃしょうがないんだから、やんなさい、やんなさい」って、よくいろんな人に言ってましたっけ。こういう研究をしてみたい、ここに留学したい……等、いったん遅塚先生の前で言っちゃうと、「大学でも文書館でも、紹介状が必要だったら書くから行きなさい。その関係の史料はあそこにあるからその研究やんなさい」と言われて、漠然とした夢じゃなくて具体的な努力目標になっちゃう。でも確かに、完全じゃなくてもとにかく行動とないといけないこと、将来につなげるために今やらないといけないことというのはたくさんあって、時間は無限じゃないんだから、遅塚先生の「だったらやんなさい」は至言だと思いますよ。
私のアンソロジーが刊行されたら、批判する人は必ずいるでしょう。でも、それでええねん。東欧全国の全文学作品を吟味しつくして、その中の絶対的最上級の作品を全ての国について集めれば、そりゃ~カンペキでしょう。でも、実際にはそういうカンペキさは現状では誰がやっても無理。それじゃそのカンペキさに届かないからといって何もしないでいるわけにはいかない。最高級の作品であろうがなかろうが日本に紹介すべきいい小説はたくさんあるのだから、そういういい作品を何篇かでも紹介できればそれでええねん。傾向や選定が不満な人は、だったらその人がその人なりの基準と努力で自分のアンソロジーを作って、また違った作品を日本に紹介すればいいだけのこと。そしたらまた新たなアンソロジーが読めるようになるんだから、それでいいじゃん。
まだ生きている者たちはそういうこの世での仕事をまっとうしないといけない。そう、たとえロシアがメンドウ
とか、いろいろ困難はあっても、です。
そのためには……あ、そうか、まず風邪を治さないとけないので、今日はちょっと早めに寝ます。
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コメント
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初めまして。大学時代、遅塚先生に担任していただいた者です。この度、訃報にショックを受けてネットで情報を探している中でこのサイトにたどり着きました。先生には「僕の娘たち」と呼んでかわいがっていただき、私たちも専攻を問わず「パパ」と慕っておりました。
こちらの記事を呼んで、「遅塚先生らしさ」が思い出されて当初のショックもいくらか和らぎ、先生との楽しい思い出に落ち着いて浸れるようになってきたように思います。ありがとうございました。
お風邪、お大事に。
投稿: アーニャ | 2010年11月17日 (水) 18時07分
コメントありがとうございます。「僕の娘たち」って、ほんとに遅塚先生らしいですね! 人によってはセクハラっぽくなるような発言も粋にさらりとこなした遅塚先生らしいです。いいお話をありがとうございます。
日曜日までは喪失感しかなくて悲しくて悲しくてしかたなかったのですが、ご葬儀で「私たちの中に、日本の西洋史研究の中に、遅塚先生は永久に存在し続けるんだ」という実感が持てて、喪失感はかなり和らぎました。このエントリを通じて、その遅塚先生の「不滅感」を分かち合っていただけたのなら幸いです。
また遅塚先生に「おお、よくやったねえ」って言ってもらえる人生を歩んで行きたいですね。たまには「しょうがないなあ」って言われそうな気もしますがw
投稿: ふみお | 2010年11月17日 (水) 19時22分