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2010年1月30日 (土)

【承前】解決、チェコの穴

チェコの穴問題ですが。

参考文献カードとか単語帳(死語)をまとめておくリングがあるじゃないですか。ってこれも昭和の人にしか通じないかもしれないですけど。

あれを通すという方法で、無事、下げることができました。まあ、あの1.2ミリの紙が一年間もてばいいですけどねsweat02 いちおう半年分くらいはリングに通してありますけど……

リング自体、卒論とか修論とか書いてた頃の参考文献カード用の、つまり、かなーり古いシロモノ。よくとっといたなあ>自分。今も多分、大きめの文房具屋では売ってるんじゃないかなあ。ハンズとかさ。この何もかもデジタルの時代にモノ自体が生き残ってるかどうか分かんないけど。

井上は「これは画鋲で止めるんじゃないかなあ。そしたらまわりの紙も押さえられるから補強になるんだろうし」と言うけど……

チェコの中の人はどうしてるんだろう。今度、聞いてみます。

2010年1月29日 (金)

意外なところで東側クオリティ

201001281 チェコ外務省が作ってるカレンダーをいただきました。モノクロで近現代チェコ建築を撮ってあるすごくスタイリッシュなやつ。建築写真とは言っても、建物全体を分かりやすく撮ってあるんじゃなくて、特徴のある窓の一部を切り取ったような写真とか、日のあたる列柱だけを撮ってあったりとか、アーティスティックでかっこいいのです。紙質も印刷も旧東側のイメージを完全に払拭するクオリティ。やっぱり芸術大国の威信をかけて各国に配布してるだけはある……

……んですが、いざ下げようとして重大な問題が発覚。

カレンダーって、穴があいてるじゃないですか。そこにフックなり折れ釘なりを通すやつ。あれが……

……………………。

いや、全然穴が開いてないんだったらむしろその方がよかった。それなら自分でどうにかしようがあるから。

201001282 紙の縁1.2ミリくらいのところ3.5ミリほどのちっさい穴が開いていてるのだ。

これをどうしろと……orz

3.5ミリ未満の細い折れ釘なんかにこれを下げたら、明らかにその1.2ミリの紙はぶっちぎれる。いや、卓上カレンダー程度の薄くて軽いものだったらそれでも何とかなる。でもこれは、広げるとA2ほどの大きさのずっしりとした重量感のあるシロモノなのだ。いや、三月くらいまでめくればこの重さに耐えられる厚みは確保できると思うけど……

まあ結局、後ろのページをひっくり返して厚みを確保するという、とっても昭和っぽい解決法しかないようだ。それはまあいいとして、この穴に通せる細いフックがまだ確保できていないのだ。

各国の外務省ヨーロッパ局とかでこれが死蔵されている悪寒。こんなにカッコイイのに。意外なところで旧東側クオリティである。

東と云われたくないんだったらこういうところを何とかしてくれー!

ちなみに、ロシアの市販のカレンダーはもはやこんなじゃないですcoldsweats01

2010年1月27日 (水)

鉄工所ラップ!

ごめん、正直、M-1の時にモンスターエンジンってあんまり記憶に残ってなかったのよ。でも西森が「あらびき団」でやってた「鉄工所ラップ」がスゴイ。面白いし超カッコイイ。

内容もさることながら、言葉の選び方とか韻の踏み方とか、何もかもサイコー。R-1は是非これをやってほしい。

2010年1月23日 (土)

ばかもん! KGBのどこを見とるんだ! なめとるのか?!

って、ここに来る人のほとんどは元ネタが何なのか分かっているという前提で(笑)。

昨日、山梨学院大学のコンスタンチン・サルキソフさんに聞いた話。

ソ連崩壊後、プー様を始めとしてKGB出身の政治家が台頭したのが案外悪くない理由があるそうです。それは「少なくとも彼らは、たいていの政治局員たちよりずっとよく国際法を勉強していたはずだから」。

なるほど……! 考えたことなかった。というか、それ自体が彼らがソ連崩壊後のロシアの中心を担った理由の一つかもしれないですね。

こういうことは日本でももっとよく知られてもいいんじゃないかと思う。まあエーベルバッハ少佐ならとっくの昔に分かっていたでしょうけどね。

2010年1月20日 (水)

新時代の犠牲者たち

時代が変われば、モノも変わる。ついこの間まで不可能だったことが可能になる一方、可能だったことが不可能になってしまうことも……

困難にはなってもまだ不可能にはなってないところがミソか(笑)。林譲治さんちでは、にゃんこが壁設置テレビに乗りたがっているらしい。ここではすでに「不可能」が起こってますね。

上の動画は「らばQ」で有名になったので見た方も多かろうと思いますが、こんな画像もありました。

液晶ってぬくいの…?

三匹乗ってるのがスゴイ。もう、猫棚つき薄型テレビとか、薄型テレビ用猫棚を作ったら売れるかもしれません。ビッグビジネスの予感です(笑)。

2010年1月14日 (木)

妄想 ロシアンルーレット・ダンゴムシ

リアルすぎる昆虫グミが衝撃的!男の子向けクッキングトイが登場

Main3300x200 「将来はパティシエに!」という女の子たちのスイーツな夢を育んできたクッキングトイの世界で、男の子たちの逆襲(?)がはじまりました。メガハウスは、2月20日よりジュースとグミ液で簡単にグミを作れる『ジュース合成 グミックス マザーセンター』を発売。男の子向けというだけあって、あまりにもリアルな昆虫グミはまさに「食べられる衝撃」というほかありません。いたずらっ子のハートに火をつけること間違いなし、です。

こっ……これは……sweat02

ここまで上手く作れるようになるにはかなりの修行がいりそうな気はする。でも上手くできたときの完成度はハンパじゃないようで。

いやカブトムシやザリガニは別にいい。というか全然オッケーだ。だけどダンゴムシって……sweat02 

一個だけ中にホンモノが埋まっているロシアンルーレット・ダンゴムシグミというのを想像。

そのうち、自分でイモムシ系やG系の型を作る奴とかも出てきそうだ。そしてロシアンルーレットG(以下自粛)

そういや小学校の3年か4年の頃だったと思うけど、うちの学年を中心に空前絶後のダンゴムシブームが起こったことがあったなあ。花壇の縁石の隙間をほじくりかえしたり、百葉箱の下の湿った石をひっくり返したりしながらダンゴムシ獲った。今考えるとひょえ~shockって感じだけど当時はみんな夢中だったのよ。で、どうするのかというと、工作用紙(あの緑色の升目が引いてあるやつね)とか色画用紙とかで、ダンゴムシ本来の生態から考えたら迷惑極まりない「ダンゴムシのおうち」を作ったりして飼うわけです。エサとかどうしてたんだったか……

もっとも、ダンゴムシの何たるかを理解していないガキどものやることなので、当然、ダンゴムシは次から次へと死んでゆき、ブームはあっという間に終結。中には三階建てくらいの力作の「ダンゴムシのおうち」を作っちゃった男子とかいて、ブーム終焉後のむなしさがなんとも言えませんでしたね~(笑)。

今考えるとものすごく昭和っぽい話だ。まあバリバリ昭和でしたんで当然ですが。今、カブトムシを買ってもらってる子とかって、ダンゴムシ知ってるのかなあ……

2010年1月11日 (月)

振袖がソ連に化けた話

この話はあっちこっちで吹聴しているし、『赤い星』のあとがきでも書いているので、すでに何度も聞かされててウザイと思う方もいらっしゃるかと思いますが……

実は私、成人式に振袖を着ていないのである。大学の入学式の時に来たワンピースで済ませちゃった。何故ならば……

大学に入った年の春のこと。高校卒業直後、大学入学式の前というハンパな時期だったと思う。私の声楽の師匠が突然「オレはソ連に行きたい! ソ連に行くぞ! 誰か行きたい人いない?!」と言い出した。……ええ、私の師匠、ちょっと変わった人なんで(<控えめな表現)。当時すでに露ヲタだった私は当然真っ先に手を上げた。

1985年当時、ゴルビーが書記長(死語)になったばかりで、バリバリ冷戦中、ソ連に行きたいと思う人自体が少なく、実際に行く人はもっと少なかった時代。当然だが、行くとすればKGBの監視の下、団体で行くしかない。このチャンスを逃したら次なんてあるかどうかさえ分からない。

バイト禁止の田舎高校を出たばかりの私に、当然、お金なんかあるわけがない。

だけど私は知っていたのだ。
























































親が私の振袖のために貯金しているということを。



















































行きましたよ、ソ連。1985~86年の年末年始。グルジアも行きましたよ。もちろん親とはむっちゃくっちゃモメまくりましたけどね。でも結局行かせてくれたので、頭が上がりませんです、はい。

だもんで、私は振袖を着たことがないのであった。

とても振袖なんか着られない年齢になると、やっぱりちょっと惜しかったなと思わんでもない。だが私は自分の選択は後悔していない。……していない。していないけど、けど、けど……あの時振袖を選んでいれば、今のロシア関係のイライラとかウンザリとかは経験せずに済んでいたかも知れないwww

2010年1月 7日 (木)

【承前】メドベ&プーM1解題

わが井上センセイに「だいたい何言ってるのか教えて」といったら、全訳してきやがりましたよ。まあ、そうじゃないと分かんないからということで。しかも訳注つき。

M 年末の総決算がはやってるね
P 期待に応えてわれわれも決算をしよう
M ほいさ
P いいぞ
M ありがとう 次はあなた

P ジャック・ロゲ(IOC委員長)をニヴァ(車)に乗せてソチの道を走った
M だから外国人たちは文句を付ける気を無くしたんだね
P よいさ
M すばらしい

P ぼくが手を打って、ピカリョヴォは万事順調
M この町には警戒せずに行ける、デリパスカでもね
P どうだい
M 私の考えでは、受けてます
P そうだな
※ピカリョヴォはレニングラード州の町。今回の経済危機で、セメント工場が操業停止となり給料も支払われなくなり、操業再開を求める労働争議が起きた。プーチン首相は同地を訪問、工場を所有するデリパスカを叱責し、操業再開を約束させた。オレグ・デリパスカはロシア・アルミニウム財閥の長で、かつてはアブラモヴィチと協力関係にあり、世界長者番付にも名を連ねたが、今回の金融危機で多額の損失を出し、ロシア政府から多額の融資を受けることとなり、ロシア政府の支配下に置かれている。

M 信じるか信じないかわからないけど、毎日ネットを見ています
P 知ってるよ。ネットで「やあ、メドヴェト」と書いたよ
M 覚えてます。すてきなメッセージでした
P ありがとう
M ほいさ
P いいぞ

M 国民に新年の挨拶をするのは、今年で2度目
P 知ってるか。ぼくらのうちの誰かは9度も挨拶したんだぞ
M 覚えてます
P よいやさ
M 同意

M 北ルートも南ルートも、必要なら建設しよう
P ナブッコなんて、失礼、×××
M よいやさ
P アメリカにヨーロッパも
M 同意
※旧ソ連地域から天然ガスを輸送するパイプライン計画には、ロシア産ガスを流す北ルート、南ルートの計画がある。一方、カスピ海周辺の天然ガスを欧州に送る「ナブッコ・パイプライン」計画も進められている。同計画ではロシア領を通過せず、ヨーロッパの対ロシア依存度を低減させる狙いがあり、ロシアの南ルートと競合するものとなっている。

M 今回キエフにはガス代を現金で払ってもらおう
P 下手な作り話では誤魔化されない、ボルゾイの子犬でもね
M その通り。ほいさ
P ハラショー
※ユシチェンコ(Yushchenko)と子犬(shchenok)をかけている

M われらがズベルバンクがどんなに頑張っても、オペルは売ってくれなかった
P ちやほやされたオペルは、いまや……
M 深刻な危機に陥りかねません
P そうそう
M 同意
※ズベルバンクはソ連時代の貯蓄銀行を前身とする国営銀行。米ゼネラルモーターズ傘下にあったドイツの自動車メーカー・オペルが、GMの経営危機に際して売りに出されたとき、カナダの自動車部品大手マグナとズベルバンクが買収することになったが、売却は撤回されることになった。現在、ズベルバンクはGMに売却撤回に対する補償を求めている。

M むかし官僚はワイロだけで暮らしていたが
P これからは慎ましくなって、どこか別の場所で暮らすはめに(※刑務所を含意する)
M きびしぃ
P だけど公平だ、ほいさ

M&P もっと歌っていたいけど、仕事をわすれるわけにはいかない。友人のみなさん、新年おめでとう

(訳:井上徹)



言葉遊び系が多いので、ロシア語がすんごくよく分かる人じゃないとイマイチ笑えないもののようだ。

ロシアってさー、文学の授賞式とか何とかのイベントの合い間合い間に一曲だけバンドが入ったり、一組だけ漫談が入ったり(そして地元のネタを知りつくした高度ロシア語学習者にしか分からないネタをやる)するよねー。私くらいわかんないと却ってイラつかないけど、井上くらい分かると、「聞き取れてれも笑いどころの元ネタを知らないannoy」なことが多くて、かえっていらつくそうな。

で、来年は3Dで……

2010年1月 5日 (火)

メドベ&プー ロシア暦でM1グランプリ(笑)

もうすでにあっちこっちで取り上げられているので出遅れの感もありますが……

1日、国営放送でのメドベージェフ大統領の新年の挨拶の後、こんなCGを放送したそうですな。

こっ……これは……sweat02 顔とか声が似てるとかいうレベルではない。それぞれのちょっとした動作も似てる。萌え(笑)。さっきうちのセンセイにもURLを送ったので、あとで何言ってるのか教えてもらいます。アメリカ、ヨーロッパがどーの、官僚機構がどーのというネタの様子。

来年は是非、3Dで劇場化してください(笑)。

追記:メドベージェフ&プーチン2010年新年アニメ全訳はこちら

2010年1月 3日 (日)

『騎士パズマン』のチャルダーシュ

前エントリで書いたヨハン二世の『騎士パズマン』のチャルダーシュ、ありました。

ボスコフスキー@ニュイヤー・コンサート1967

クライバー@ニュイヤー・コンサート1989

演奏スタイルの違いがはっきり現われてて面白いです。ボスコフスキーはシュトラウス・スタイルでヴァイオリン弾きながら指揮してるしツィターを入れている。特に、後半のフリーシュの部分、ボスコスフスキーはわりと粘り腰で重いのに対して、クライバーはどんどん突っ込んできます。そのかわりクライバーの前半ラーシュの部分はかなり粘る。これはおもろい。

周期から言っても、もうそろそろまたこの曲入れてもいい頃だと思う(それとも熱意ゼロで全然見てなかったマゼール、メータの頃にやってたかしら? 誰か詳しい人、教えて!)。是非、ウェルザー・メストにニュイヤー・コンサートでやってほしい曲です。

いきなり来年の話

あけましておめでとうございます。今年もよろすく。

さて、2010年が明けたばかりですが、いきなり来年の話。

2011年、ついに、ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートにフランツ・ウェルザー=メストが登場! そりゃ地元オーストリア出身でシュターツオーパーのシェフになるわけですから、登場しないはずがない。メータ、マゼールあたりが続いたり、ムーティがニューイヤー・コンサートだと妙におとなしくてすっかり熱意を失ったアレですが、プレートルの登場で最近ちょっと興味回復。もういいかげんフランツ君を投入してほしいと思っていたけど、さすがに来年はやりますね。『ムジカ・マキーナ』の著者としてはたいへん嬉しい限りでございます。

曲目は指揮者の一存では決められなくて、WPOやシュトラウス協会と協議することになっている。でもフランツ君はボスコフスキー以来(!)のオーストリア出身指揮者なんで、けっこう自由にさせてもらえるんじゃないかなあ。ダメかなあ。私は是非、フランツ君にはヨーゼフ・シュトラウスの、やや高尚っぽいワルツをやってほしい。あとヨハン二世の『騎士パズマン』のチャルダーシュとか。

というわけですでにもう来年が楽しみです(笑)。いや、今年のプレートルもよかったですけどねnote

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