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2009年7月31日 (金)

ソクーロフの新作2009

試写状が来ましたよ。

『ボヴァリー夫人』だそうです……

いや、『ボヴァリー夫人』はいつかやるとかやらないとかいう話は聞いていたのですが、こんなに早いとはsweat02 ソクーロフ、働いてるなあ……。妥協なき芸術家なのに、お手軽テレビドラマのようなペースで撮ってゆくところがスゴイsweat02

試写は8月で、9月からシアターイメージフォーラムでロードショーだそうです。

*すいません、これ、旧作だそうです(でも再編集してる)。だいぶ初期のものだそうで。全然把握してないや……ソクーロフ作品……orz

2009年7月29日 (水)

プチ沈没

あ……生きてます。大丈夫です。入院もしてません。

先週、日食の直後にですねー、ガス工事の最中に水道管がぶっちぎれるという緊急事態が発生して、虚脱しておりました。な、夏でよかった……coldsweats01 虚脱し、そのまま夏バテに突入。

という次第であります。とりあえず生存証明。

2009年7月22日 (水)

日食max@東京

200907221112 はい。こんなで~す(笑)。

さっきより薄暗いような気はする……けど、食の最大時間を過ぎてもさらに暗く……あ、ただ単に雲が厚くなってるだけですかorz

しょうがないのでNHKの硫黄島と船上からの中継を見る。さすがNHKの技術力。プロミネンスまで生中継。

しかし、日食が予測できない時代、雨や曇りの間に皆既日食が起こる……曇り空がどんどん暗くなって真っ暗に……っていうのは晴れた日の日食よりもっと怖かったんじゃないだろうか。日食、月食、彗星、天変地異……太古の昔、そんな経験をしても「宗教」というものを持たなかったとしたら、そんな人類はイヤだな。

200907221225 ちなみに終了間際はこんなでした。

もういいですかそうですか(笑)。

皆様お疲れ様でした……

日食開始@東京

200907221002 東京23区内で~す。

10:02、こんなで~す。

ていうか、雨が降ってます(笑)。

夫は日食グラスを持って出勤しました。……ネタとして(笑)。

2009年7月19日 (日)

秩序地獄のオフィスチェア祭り

諸般の事情により山下洋輔のコンサートに行けなくなってしまったので、超ふてくされて「世界の果てまでイッテQ」を見る。

そしたら。

あまりにもビックリして脳がフリーズしてしまいました。

番組では、スイスのルーニンゲンでやっているという「オフィスチェア祭り」なるものを取り上げていた。何をやるのかというと、キャスターつきのオフィスチェアに乗って速さを競う(個人)のと、チキチキマシン大レースなことをする(団体)だけ。エントリするのも各競技20名いるかどうかな感じで、見物人も100人いるのかなあ、という感じ。

で、何故私がこの程度のものにそんなに反応したのかというと、私は二年に一回くらいこの光景を夢で見るのだ。オフィスチェアに乗って出発した場所は青山だったりつくばだったりするのに、いつの間にか、何処だかよく分からない(でもなんとなく日本じゃないっぽい)田舎道を走っている夢。そんなに頻繁に見る夢でもなく、すごい展開があるわけでもないので、忘れちゃっても当然という感じの夢なのだが、どういうわけか印象が強くてよく覚えているのだ。

要するに、地球上で現実に起こることと、人間の脳が認識できる/想像できる物事のパターンや組み合わせには、おのずと限界があるってことなのだろうか。

それにしてもよりによってスイスかあ……。スイスというのは行ってびっくりの恐怖の秩序地獄である。国内でもこんなに辺鄙なところ来たことがない、と思うような田舎で、ある場所を目指して片道4キロくらい歩いたことがあるんだけど、その間、チューリヒ湖の湖岸にはたった一つのビニール袋も浮いていなければ、舗装していない田舎道に紙くず一つ、吸殻一つ落ちておらず、客が私以外は全員顔見知りの超ローカルレトランでも、チューリヒ市内の有名ホテルと同じレベルのサービスが受けられて、そのトイレはここに泊まれるなあと思うくらいキレイだった。そして何より、オペラハウスには「チケットもぎり」というものがない! みな、内なる秩序と市民同士の相互監視で恐ろしいほどきちんとした生活をしているのだ。そんな秩序地獄でああいうバカなことをやってる人たちがいるのかと思うと感無量(?)である。

イモトアヤコと宮川大輔が挑戦してたけど、あの運動神経のいいイモトにもなかなか難しかったようだ。うーん。あれをやっている人たちが本当にいるとは……日本人で参加した人たちがいるとは……。本当に心の底からビックリであった。

あ、でも、羨ましいとかはないです(笑)。

2009年7月14日 (火)

【SF大会 2009】T-con 補遺

自分が参加できなかった企画がどうだったか知りたいので、T-conのレポートを検索……してみるが、あまりヒットしない。なんでだろう?と友達に聞いてみたら、最近はブログよりもMixiのような、もっとプライベート度が高いところでみんなレポートを書いているらしい。……確かにそのようだ。うーん。ちょっともったいない。SF大会に興味があるけど、まだ自分が参加するかどうか迷ってるような人がGoogle やYahooでフツウに検索して読めるレポートがもっとあったらいいのに。

ヤナさんとは先週、テラ・ファンタスチカの仕事関係でまたお会いしましたが、この熱帯なお江戸でも比較的元気な様子でした。でも本当は疲れてるだろうなあ……。土曜日は大野典宏さん主催で飲み会。盛況。速水螺旋人さんとか仁木稔さんとか、初めてお目にかかる方も多く、わざわざこのオフのために関西から出てきてくれた林譲治さんとも久しぶりにお話できて楽しゅうございました……が、如何せん電池切れ。早めに引き上げざるを得ませんでした。無念。これだから病人はなあorz 

何人かのレポートで指摘がありましたが、今回の大会の運営はやはりみなさん「素晴らしい」と感じていらっしゃる様子。私もそう思いました。特に、ゲスト担当の七里寿子さんにはお世話になりました。ビザ関係の書類の件までお世話になって、ホントに助かりましたです。スタッフの皆様ありがとうございました。

ヤナさんは今週は京都。ああ……お江戸より暑い京都sweat01 新撰組ヲタだからあちこち歩くんだろうけど、無理はしないでほしいことです。

2009年7月13日 (月)

【SF大会 2009】T-con 2009 後悔

しまった!

栃木に行ったのにレモン牛乳を飲むのを忘れた……orz

2009年7月11日 (土)

【SF大会 2009】T-con 2009 そのニ

T3 (承前) で、「日本SFはいかに輸出されるか」の後、ヤナさんと井上がNHKのインタビューのためにちょっとその場に残り(テレビカメラを見ると、今でも「あっ、テレビ局だ!」のセリフが脳裏をよぎる(笑))、私は「サイバーパンクの部屋」へ。

ナビゲーターはとりにてぃ(井上が写真撮ってない、すんません)、パネリストは向かって右から巽孝之、小谷真理、高野史緒、菊池誠。場所はごらんの通り、座布団の部屋。お座敷サイバーパンク(笑)。

毎年恒例となったサイバーパンク企画は6年前にここでSF大会をやった時に始まったそうで、言わば「故郷に錦を飾る」ってやつでしょうか。そこにお招きいただいて光栄でございます。

中身はまず、ギブスン最新刊の『スプーク・カントリー』や、文庫化された『ディファレンス・エンジン』のこととか、チャイナ・ミエヴィルの最新刊『ペルディード・ストリート・ステーション』のこととか。そして、去年の年末にSFマガジンでやったギブスン特集のこととか。なじぇかこのギブスン特集はあんまり反響がなかったらしい。なんでだろう……って、やっぱり、「濃ゆすぎたから」じゃないでしょうか(笑)。今回のパネリスト全員がこの特集に何かしら書いているので、それについて各自語る。ギブスンはやっぱり、デビューしてすぐの頃とかに「この小説はすぐに古びるだろう」と言われていたそうで。でも、古びたら古びたで、レトロなダサかっこいい味わいが出たのがスゴイじゃないですか。

そんで『赤い星』の話。そもそも私はサイバーパンクっぽい路線を目指していたわけじゃなくて、デビューする前はけっこうフツウな、クラークを読んで育った人とかが書きがちな黒歴史原稿(笑)を書いていたのですが、皆様、失望されましたでしょうか(笑)。『ムジカ・マキーナ』や『カント・アンジェリコ』、『ヴァスラフ』、『赤い星』といったサイバーパンク路線の諸作品も、どちらかというと「クラシックも好きだし、テクノも好きだし、じゃ、混ぜたらもっと好きかな(笑)」とか「江戸も好きだし、ロシアも好きだし、じゃ、混ぜたらもっと好きかな(笑)」という発想ありき。『ヴァスラフ』も、80年代の青山円形劇場脚本コンクールの時点ではフツウにアンドロイドの話だったのでした。黒歴史原稿の話はもうカンベンしてください(笑)。いずれにしても私の小説はサイバーパンク/スチームパンクをやりたいぞ!」というところが出発点ではなかったんですよね。でも、世にサイバーバンクというフォーマットがあったからそこできたのかも。

最後は恒例の小ネタ。正直、ここらへんの記憶がほとんど無い……。自分の出番が終わって虚脱したからでしょうか。

てなわけで、「サイバーパンクの部屋」が終わった時点で、時刻はもう0時過ぎ。まだ一つ企画が残っているのです。ロシアSF企画ですね。

T4 準備中に私が撮った写真なので、私は写ってません。井上がなんでこんなに資料っぽいものを広げているのか不明。

「ロシアSFは日本の夢を見るか?」 パネリストはヤナ・アシマリナ、高野史緒、井上徹。ロシアSF企画は毎年毎年、大野典宏さんが飛ばして、すでにその方面の知識がある人ばっかり相手にしているような企画になっちゃうので、たまにはぬるくゼロから説明するような企画がないとヤバイな、と思ったからやった企画です。現在「ロシアのハヤカワ書房」的存在となっているテラ・ファンタスチカ社の発足の経緯とか、ロシアの小さい出版社の出版システムとか(要するに、大きいレコード会社に流通・販売を委託するインディーズ・レーベルと同じ方式)、現在のロシアのSF系文学賞とか。最近はいわゆる「日本ブーム」も「ブーム」というより「定着」した感があって、日本のマンガとかアニメとかを普通にロシア国内で販売してほしいという要求が高まってて、テラファンもその事業に着手したところ(実はこの件に関しては水面下でアクチュアルにいろいろモメたり困ったりこっちが労力と資金を提供して助けたりやってるんですよ。いつかそれについてもSF大会とかで話せればなお興味深い企画ができるでしょう)。と、この話で問題が発生。私と井上がマンガのタイトルがよく分かんなくて、会場の人たちに助けてもらってどうにか話が進む。すんません無知でsweat02 

しかし、どうも話が面白い方向に転がらない。毎年客席のウケは取れるので、司会に多少自信を持ってきたところだったんだけど……。そう、途中で気がついたんだけど、通訳を通して話をすると、ボケもツッコミもほとんど機能しなくなるのだ。そういやペテルブルクで通訳を通して公開インタビューされる側だった時も、どうも話が生真面目な方向に行っちゃってやりにくいなあと思ったんだった。それは結局、通訳を通すとボケもツッコミも機能しなくなるからだ。ああ……。って企画の最中に気づいても遅いcrying っていうか、ボケとツッコミに頼る司会自体がどうなのかと。今後の課題でしょうか。

この企画の時に限らず、ロシアの人とは微妙に話が通じにくいと感じることが多々あるのも事実。具体的には説明しにくいんだけど……。双方とも誠実かつ真剣に話しているにも関わらず「ロシア人話通じねーannoy!」と思うのよ(そういう世界に長年身を置いているから井上が辛抱強くて温厚になるのか(笑))。四半世紀以上日露外交に携わってきた日本人以上に日本語がうまいロシア外務省のえらいひとから、ほとんど日本人と会ったことのない友達んちのおばあちゃんに至るまで、なんか同じような話の通じにくさがあるのよねぇ。ロシア側から見ればくそー日本人話通じねーannoyと思ってるのかもしれないけど。まあ、だからこそ「何か具体的な用がある時」だけじゃなくて、常日頃からコミュニケーションを取ったり、双方のマンガとか小説とかテレビドラマとか映画とかを見聞きするのが大事になってくるのかもしれません。本を数冊出すの出さないのでこんだけ面倒なんだから、サハリン2とか領土問題では、きっと世間の目に触れないところで死者が出ているであろう……日本側に。

これが終わったら、もう真っ白に燃え尽きて寝ました。ギョーカイ時事放談とかサイバーフォーミュラとか興味あったんだけど、力尽きた……

翌日は朝食の後、温泉に行って、閉会式を見物して、また蕎麦食って散歩して長距離バスで帰り。帰りのバスも爆睡でした。参加者の皆様、スタッフの皆様、お疲れ様でした。

で、結局、自分が出る企画とロシアの中の人の相手に終始しちゃって、あんまり他の参加者と交流できなかったのが心残りですね。もう、ちょ~余裕なかった……。来年はもうちょっとマシにやります。来年の大会は8月7日、8日で、場所は東京。ではまた来年~。

2009年7月 9日 (木)

【SF大会 2009】T-con 2009

というわけで7月4日、5日は那須塩原のホテルニュー塩原で行われたT-conに行ってまいりました。

4日の午前中、まず井上徹と新宿のホテルに向かう。テラ・ファンタスチカ社のヤナ・アシマリナさんをピックアップするため。前日に日本についたばかりのヤナさんは……ううむ、少なくとも私よりは元気そうだ(笑)。去年4月にペテルブルクで会って以来だけど、変わりはない様子。JRの高速バスで那須塩原に向かう。

昼過ぎにホテルに着くと、もうすでにかなり人が集まっている。ちょうど到着した巽孝之・小谷真理夫妻からシールをもらって初めて気がつく。……今年もまたシール作ってないよ……orz 海より深く反省。すんません来年はちゃんとします……

蕎麦を食べに行き、ホテルの近くにあった足湯「湯っ歩の里」に行く。ここ、日本最大「級」の足湯施設ですってよ奥様。もしかしたらこれ以上の足湯があるかもしれないので「級」なんだろうけど、どう考えても他にこんな壮大な足湯ないと思う(笑)。

T1 星雲賞の授賞式を見物し(どうせ賞とは縁無いですから、私は)、加藤直之さんがライヴで描いている等身大グインを見に行く。タイガーマスクかと思った(笑)。

加藤さんはライヴで描くというのが気に入ったそうで、来年も東京のSF大会で何かやるそうです。

ちなみにこのグインはのちほど抽選でプレゼントされたのですが、持って帰るのも保管するのも大変そうだsweat02 でもファンにとってはその大変さを押し切る価値はありすぎるほどあるでしょう。

それからパーティ。さすがにほぼ全員来ただけあってすごい人数。ステージ上ではマグロの解体ショーも! 全員に行き渡ったかどうか分からないけど、私もちょびっとだけいただきました。

あとは自分が出る企画三昧。もう、他のこと考えてる余裕は皆無です……

T2 まずは「日本SFはいかに輸出されるか」。出演は小浜徹也、大森望、日暮雅通、島田洋一、塩澤快浩、ヤナ・アシマリナ、井上徹、高野史緒。司会の小浜は「これはものすごくレベルの高いシンポジウムになる」と予言した通り、かなり濃い内容となりました。少なくとも私は、コンエヴェンションでこんなに(自分にとって)すごいシンポジウムは見たことがない。

まず日本→ロシアの場合。もう、とにかく文学作品翻訳レベルの翻訳者が少ない。数年前、国際交流基金がお金出して短編集出した時も、特に文学に関心があるわけではない翻訳者をエージェントが見繕ってとにかく速く翻訳させたというのが実情(しかもその翻訳書は、どうやらほぼ全て大学図書館とかに収蔵されて終わりだったんじゃないかという話はあちこちから聞くし……)。『赤い星』の翻訳者を探す過程で沼野充義さんに「だれかいい翻訳者いないですか?」と聞いた時も、この時の翻訳者たちは紹介してくれなかったのよね。理由は「お薦めしないから」。チハルチシヴィリやコワレーニンのような日本文学翻訳の大物も、もっとお金になる仕事を手にすると翻訳やめちゃうし、まだ文学翻訳者として実績のない人間が「ムラカミ作品の翻訳者は(自分に提示された額の)2.5倍はもらってるのに」とか言い出すし。日本だったら、「翻訳以上にお金になる仕事ゲット=これで経済的な心しないで翻訳ができる」と考える人優秀な翻訳者が多いんだけどねえ。正直、そういうところがロシアのダメなところではありますね。ま、これがロシアの場合の現状ですorz けっこうとほほです。

日本で直木賞を取ったような作品をアメリカ、ヨーロッパに売り込めば売れないことはないそうです。ただ、日本側で相手国語のレジュメを用意し、渡航して「行商」して翻訳者探して……とかやってると、労力が大きすぎて、出版社側は「二度とやりたくない」と言うそうですが……。それで結局、そういう試みは頓挫してしまうそうで。

「日本のSFをアメリカで出版する」という趣旨で始められたHaikasoruの場合。私は最初、このレーベルのラインナップを見て、何をやろうとしているのか全く分からなかったし、実は今でもよく分からないですが……。だいたいにおいて「ラノベのレーベル」という解釈が正しいのかと思いきや、塩澤さんはあくまでも「ラノベのレーベルではない」と言う。しかし話を聞いていると、アメリカ側から「量が少なくて分かりやすい作品」を要求されているのだそうです。英米翻訳の諸氏は、結局、アメリカ人はてめえ基準であっさり理解できるものをちょこっと読みたいだけで、本当に日本SFの奥深いところを理解したいわけじゃないじゃんこれだからヤンキーは……という話に。ううむ。一番華々しくやってるところもこうなのか……。

いずれにしても「あっち側」に輸出するとなると、わりと安易に「書き換え」をされてしまうという話も。日本の翻訳者たちの優秀さと勤勉さを改めて思う……。読者としての我々日本人は恵まれていると言えましょう。しかし、翻訳される側としてはとほほなことにgawk

質疑の際に野阿梓さんから「そんなふうに書き換えがされるくらいだったら、オレは翻訳されなくて結構、と思う」との意見が。まあ分からなくもないけど……。しかし、自分自身でヨソの言語で文章書く時、日本語だったらゼッタイやらないよなあ、というような順序で話を進めて、日本語だったらゼッタイやらないよなあ、というような表現を使ったりするじゃないですか。前もって日本語の文章を用意してそれを自分で翻訳、なんてできない。「その言語」固有の方針に従わないとかえって難しくないですか? それ考えると、同じ事を表現するのでも、言語によって適したやり方を追求するのは当然かもしれない、と私は考える。もっとも、作者のあずかり知らぬところで大幅に改編されたら私もやっぱりイヤだ。ましてや結末変えられたりするのはさすがにナシ。

ま、いずれにしても、私が書くヨソの言語の文章なんて、「カメロイド文部省」状態だろうけど(笑)。

レベルが高いのはいいけど、けっこうヤルキを無くすシンポジウムでした……

続く「サイバーパンクの部屋」と「ロシアSFは日本の夢を見るか?」は、これほど書くことはないんですが……続きはまたのちほど。

2009年7月 7日 (火)

Is anybody out there?

T-conのレポートは書き途中です。もう少々お待ちを。

わーい。ZTT Japanからフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドのCDもらっちゃったー。

ZTTアーカイブスの第五弾がフランキー。そうか、もうあれから25年経つんだ……。どうりでわしらが年を取るはずじゃ。あの頃はのう、あの国はロシアではなくソ連といったんじゃ。ペテルブルクはレニングラードといったんじゃよ、お若いの。冷戦はフランキーのネタの一つだったんじゃ。げほがほごほ。

ファースト・アルバムのWelcome to the pleasure domeはいい意味でも悪い意味でも歴史的金字塔だけど、セカンド・アルバムのLiverpoolは、毒にも薬にもならないというか、聴けたもんじゃないというほどではないけど取り立てて聴くほどでもないシロモノ。もちろん、ZTT Japanもそれを承知でリリースしたんだし、解説を書いてる三田格も同様で、もう、解説なんて何を書いたらいいのやら状態。まあ当然ですね。

Pleeasure domeにはボーナスCD、Liverpoolにはボーナストラックがついているけど、どっちも、もう並み程度のコレクターならとっくに持っているであろうヴァージョンは入っていない。そんなのあったっけ、みたいなのが入っている。……とは言え、正直、自分でももうどのヴァージョンを持っててどれを持ってないかよく分かんなくなってます(笑)。どちらにもライヴのトラックが入ってるけど、これは「本当はどの曲もトレヴァーがブロックヘッズに演奏させた音源を切った貼ったして作ったサウンドで、フランキーはろくに演奏もできなかった」伝説が行き渡りすぎた今日においては、実はそこそこちゃんとしたバンドであったことの証拠として面白い音源ではあるんだけど、正直、トレヴァー・ホーン原理主義者としては、フランキーのライヴなんか心の底からどうでもいいっす。それより、何故、Happy Hiを入れない……

って、もっとまにやな人はもっと不満を言うであろう。不満を言い始めたら切りがないし。

それにしても、FGTHって「何」だったんだろう……と、今でもふと考えることがある。トレヴァー先生の「ネタ源」に過ぎなかったのか。それとも血肉を具えたバンドだったのか。実際にはその両方であり、聴き手にとってはそれ以上の存在であったのかもしれないけど。

実を言うと、私がフランキーの中で一番好きな曲は、Pleasure domeでもなければRelaxでもない。もちろんどっちも好きだし、Two tribesも好きだけど、どれも「一番」ではない。私が一番好きなのは、あのどうでもいいLiverpoolの最後の曲、Is anybody out there?なのだった。これは後半に長いインスト部分を含んでいて、構造的にも雰囲気的にも、Sealのファーストの最後の曲、Violetに似ている。トレヴァー先生はLiverpoolにはほとんどタッチしていないと言われてるいけど、実は案外そうでもないかもとちょっと思わんでもない。少なくとも、Is anybody out there?はトレヴァー先生の「真にやりたいこと」の一端が反映されてるんじゃないだろうか、と思っている。

80年代にこの曲を聴きながら考えていたある構想を、『ヴァスラフ』でも『赤い星』でもやりたいと思いつつ、結局やらなかった。やっぱり自分の深層を意図的にさらけだすことに恐怖感があるんだろうなあ……。そういうところを何とかしないと、本当には読者の共感は得られないのかもしれない。久しぶりにこの曲を聴きながら、実現しなかった『赤い星』の別ヴァージョンの結末について考える。ああ……せっかくシュイスキーを隠れ主役にしておきながら、愚かだったかなあ、自分。でも、「やりたいこと」と「完成度」が一致するとは限らないのも事実。

どの小説の構想に夢中になっている時も、どんなことで落ち込んでいる時も、誰を愛している時も、トレヴァー先生の音楽はいつも私とともにあったのよね。たとえその「ネタ」がフランキーだろうがAONだろうが、何であるかに関わらず。というわけで、まだクリアできていない課題についてねちねちと考えながら、またトレヴァー・ホーン・サウンドに耳を傾けるのであった。ここ四半世紀、ずっとそれをやってきたわけですね。恐ろしい。

2009年7月 5日 (日)

えすえふ大会行ってきました

T-con2009行ってきました。さすがにへろへろですので、詳細は後ほど。ロシアの中の人も無事宿泊地に送ってきましたので、ご心配なく。皆様お疲れ様でした~。

2009年7月 4日 (土)

『宇宙へ。』試写

8月にソニー・ピクチャーズエンタテインメントが配給する『宇宙(そら)へ。』の試写に行く。

NASA設立50周年(2008年)記念にデンジャラス・フィルムとBBCが製作したドキュメンタリー映画。その設立当初からNASAは16㎜のカラーフィルムで映像記録を撮ってきたのだが、その未公開映像かなり含まれる。何が大変って、規格が違う放置されまくったフィルムの扱いが大変だったらしい。それをデジタル・リマスタ化して、大半が(当然)無音だった映像にそれらしいサウンドを足して臨場感を出したのだそうです。

「当時の関係者に今インタビューしました」みたいなパートは全くない。ただひたすらNASAのアーカイブ映像にナレーション。ソ連の宇宙開発には全く言及がなく、その無視っぷりが凄い。というか、NASAの惑星探査もカンペキ無視。ひたすら「NASAのロケットで宇宙に行った人たち」のドキュメンタリー。何しろ原タイトルが『Rocket men』だから。もう、直球でタイトルそのまんまの映画なのだ。

宇宙博(懐かしい!)やカール・セーガンの『COSMOS』(懐かしい!)放送時の日本IBMのCMで見たアポロ8号の打ち上げ~下二段の切り離しの、あの映像、あれもデジタル化したきれいな状態で見られます。事故ったマーシュリーの内部や、月着陸船の実験機がヨロヨロと飛んで落ちる映像など、見たことのないものも見られるし。ただロケットだけじゃなくて、その打ち上げを見ている人たちがいかにも70年代なファッションだったり、管制室でコンビュータが紙テープ吐き出してたり、管制官が仕事中に煙草吸ってたりするような、その時代の雰囲気も魅力。

ただ、月と地球の交信のタイムラグを取っちゃったのか、スムースなケータイの会話みたいになってたり、サターンの点火やチャレンジャーの爆発につけたサウンドが光と同時に発せられたりするあたりがなあ。井上が「宇宙の距離を感じなくさせちゃってる」と言ったけど、まさにそんな感じ。悪い意味でイマドキっぽい作りになってます。

エンドロールにゴスペラーズの歌が流れちゃうのも残念。歌自体は悪くないんだけど、ベタな泣かせる系の日本語の歌を持ってきちゃうと、何と言うか、NASAっぽさが薄れちゃうのだ。まあ、今さら『COSMOS』みたいな、科学者がシェフをやってるようなドキュメンタリーを作れとは言わないけど、もうちょっと現実的な重量感や宇宙の「遠さ」、NASAの「あなたの知らない世界」っぽさを感じさせて欲しかったところです。

とはいえ、必ずしも見たいものがベストなアングルで見られるとは限らないドキュメンタリー映像が語るものはやはり雄弁。やっぱりこれは、まずはスクリーンで見ておくべき映画ではないかと(DVDは当然買うとしても(笑))。以前に言及した「KGBシークレット・ファイルズ」の「スペース・ドッグス」と合わせて見るとなお良し。「スペース・ドッグス」もう三回くらい見たわ~。これの話もまた後日いたします。

まずは明日のSF大会ですね……。ヤナ・アシマリナさんは無事日本に到着しました。ああ……ただでさえ人前に出るのがニガテなのに、ヨソの国から人が来るなんて悪夢のようだ……なんでこんなことしちゃったんだぢぶん。可能な限り頑張りますので、いらっしゃる皆様、どうかよろしくお願いいたします……

2009年7月 2日 (木)

ロボゲイシャ

ライターのヤマサキセイヤさんに教えてもらったネタ。

秋にこういう映画が公開されるそうですが……

映画「ロボゲイシャ」トレーラー

これはひどいwww

っていうか、「お前は人のこと言えるのか?」という声が聞こえてきそうですがw 公式サイトもいちおうありますが(こちら)、まだ表紙と主題歌のページしかないすね。もっとも、情報があろうがなかろうが、見に行く人は行く、行かない人は行かないだろうけど。

タランティーノが悔しがりそうな気がするwww

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