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2008年3月30日 (日)

石神井川の桜2008

Shakujigawa2008 例年の如く、石神井川に花見に行く。代わり映えのしないコースを歩いて、いつもと似たり寄ったりな場所で写真を撮り、去年と同じような買い食いをするコース。

それでも、何となくええですのう。花見なんて、そんなもんでございます。

でも、写真が毎年使いまわしに見えるのが何とも(笑)。

2008年3月28日 (金)

Springcam

この写真を見る

いや、ちゃんと機械翻訳だって断ってますけどね。分かってますけど。でも、あ~あやっちゃったって感じ(笑)。

春ですねえ。近所の桜もすでに満開になっちゃいましたよ。

2008年3月23日 (日)

『2001年宇宙の旅』裏サントラ

むかーし、それはまだカセットテープとレコードの時代、「『2001年宇宙の旅』サントラ第二集」というものがあったのですよ。キューブリックが候補として考えておきながら結局映画では使わなかった曲を集めた、いわば「裏サントラ」ですね。

これがけっこう、いい選曲なのだ。というか、「ドナウ」とか使っちゃうくらいだったらこっちのほうが……みたいな曲がけっこうある。キューブリック……センスがあるんだかないんだか分からんお人だ。

選曲は以下の通り。

SIDE A
1. 「ツァラトゥストラはかく語りき」より導入部「日の出」 R・シュトラウス
2. バレエ「コッペリア」よりワルツ レオ・ドリーブ
3. 「ロンターノ」 ジェルジ・リゲティ   
4. 「軽い小船で逃れて」 アントン・ウェーベルン
5. 歌劇「薔薇の騎士」第三幕のワルツ R・シュトラウス

SIDE B
1. 「ツァラトゥストラはかく語りき」より「科学について」 R・シュトラウス
2. 「ヴォルーミナ」 ジェルジ・リゲティ
3. 「ガイーヌ」より「子守唄」 アラム・ハチャトゥリアン
4. 「レクイエム」より「ディエス・イレ」~「ラクリモーサ」 ジェルジ・リゲティ
5. 歌劇「ファウスト」よりワルツ「マルガレーテ」 シャルル・グノー

私はカセットテープを持っていたんだけど、実は今、もう無い。どうも引越しの時に無くした箱に入ってたっぽいんだよなあ。いずれにしても、カセットデッキにからみそうなキケンなワカメテープになってしまっていたので、もう大学生くらいの頃には聴けないシロモノだったのですが。でもなあ、それでもいいから持っていたかった……orz

今見るとものすごくいい選曲でしょ? 1962年初演のオルガン・ソロ曲「ヴォルーミナ」なんか、よく60年代後半に選んだなあ、と思う。

A面(そもそも「A面」「B面」がなんだか分からない若いキミ達は、おじさんおばさんにきいてみよう!)の1は言わずと知れたあの曲。2はドリーブのバレエ曲の中でも最もよく知られたワルツ。3は67年初演の大規模オーケストラ曲。67年……? ってことは、もしかしてキューブリックは初演を聴いていたのかも? デイヴ・ボーマンのスターゲイト移動中に使われる「アトモスフェール」と近い系統の曲。4はドイツ語詩の無伴奏合唱の小品だけど、ものすごーーーーくいい曲。「軽い小船で 陶酔しきった太陽の世界から逃れよ かつてなき優しき涙が 君の飛行のために流されよう」(<ちょっと自訳が気に入らんすんません)みたいな、まるで「2001年」のために作られたかのような暗示的な歌詞。でも実際は1908年書かれたシュテファン・ゲオルゲの詩です。でもあまりにもぴったりなので驚く。おそらく、キューブリックも曲のみならず歌詞にも惹かれたんだろうなあ。5の「薔薇の騎士」の第三幕のワルツは、オクタヴィアン扮する女中マリアンデルがオックス男爵を陥れるために怪しい料理屋の個室に行った時、最初に流れるあの曲(末尾はオックス男爵の「勘定だ!」の一言の後に入るクライマックス)。これものすごくいい曲なんだけど、シュトラウスはちゃんと単独のコンサートピースとして仕上げてたんですよね。あんまり録音する人がいないんだけど、ベームやブロムシュテットのCDあり。どっちもいいけど、今フツウに手に入るのはブロムシュテット盤。この裏サントラで使われていたのは1963年録音のベーム盤だけど、10年以上前にドイツ・グラモフォンが無造作に出した歌劇・バレエの舞踏曲のコンピにしか入ってないっぽいのだ。いやでもベームだったらちゃんと探せば見つかるのかも。

B面の1は「ツァラトゥストラ」の後半の部分。確か裏サントラでは「病より癒える者」と表記されていたと思うけど、実際には「科学について」から「病より癒える者」にまたがる部分。ここ大好き(笑)。2はリゲティのトーンクラスター時代のオルガン・ソロ曲。シンフォニック・オルガンの性能の限界に挑戦する、オルガン管理者にはあんまりありがたくない曲らしい。こういうの聴くと、ああ、CDの時代になってよかったなあ、と思う。レコードだと針飛ぶかもしんないです。いかにも、な前衛の曲だけど好き(笑)。ソニー・クラシックスのリゲティ・エディション第六集で聴けます。3は、映画で採用した「ガイーヌ」のアダージョとこっちとどっちにしようかなあ、と迷ったんだろうね、キューブリック。正直、ワタシ的には「子守唄」に一票。4はやはり、レクイエムのどの部分使うか迷ったのでしょう。まあ要するに、映画では「レクイエム」の前半を使って、後半を使わなかったっちゅうだけの話ですが。5も「ドナウ」の対立候補でしょう。「薔薇の騎士」「ドナウ」「コッペリア」「マルガレーテ」のどれを使うか考えて、結局「ドナウ」という結論だったんだろうけど……何故?! この四曲からだったら、私は「マルガレーテ」を選ぶけどなあ。ちょっと短いんだけど、もっとも「ドナウ」だって一部を切り張りして繰り返し使ってるんだから、「マルガレーテ」でも無問題じゃん。

これもCD化してくんないかなあ。でも、もしかしたらリゲティの版権とかで難しいのかもしれない。私は「ロンターノ」以外は全部CDで持ってるので、このCDは無いなら無いでもいいっちゃいいんだけど……なんか闇に葬るには惜しいラインナップ。今でも聴く曲が多いし、結局何だかんだ言って、「2001年」の選曲は私の人生を左右してるなあ、と、つくづく思うことです。

まだ先入観やへんな知識のない中高生のうちからシュトラウスやリゲティに親しめたのは、今となっちゃありがたい経験だったと言えましょう。しかし……同級生が可愛い恋の歌やたのきん系(笑)アイドルを聴いている頃にこんなものを聴いていた可愛くない少女だったワタシ。当然、可愛くない女に成長しました(笑)。もしかして、私の「女として」の人生を台無しにしたのはクラークとキューブリックなのか(笑)?

2008年3月21日 (金)

Use them together, use them in peace

Sri_pada_shadow なんちう恐ろしい時代や。

Google Earthからもらってきた画像です。

スリランカの聖山、スリ・パーダの「夜明けにできる円錐形の影」です。そう、『楽園の泉』の聖山スリカンダのモデルですね。「夜明けの影」の章で描かれた通りの……うわ……ほ、本当にこんななんだ……(驚)

初めて『楽園の泉』を読んだ中学生の頃は、百科事典の世界地図(実家にいまだにあるけど、何と! ベトナムが南北に分かれてるやつですぜ!)を眺めながら想像するのがせいぜいでしたが……

Google EarthにSri padaって入力すれば連れて行ってくれます(Adams peakって入力するとアメリカに連れて行かれちゃいます)。シギリヤの岩も見られます。そんなのを眺めながら、近親者に行く緊急連絡の速度で世界中に行き渡ったクラーク訃報各種を見に行ったり、その合間に旧ソ連の人とおおっぴらに好き勝手にメールして……なんていうことが、そこいらへんの集合住宅の六畳間からできてしまう時代。パソがノート型だったらこたつでやっていたことでしょう。ざっつ21世紀。でもこたつ(笑)。

しかし、そんな時代になってもクラークの作品が色褪せないのは、クラークは科学を「道具」にしてアイディア勝負の珍奇な話を書いたのではなく、科学という方法論を通して世界を見た時の新鮮な感動、色褪せない驚嘆を描いていたから……なんてひそかに思ってたりしたのだが、冬樹さんもそういうことを書いていたので、一気に自信を得て堂々と発言してみたりする。まさに「My God! It's full of stars!」なのだ。

そしてクラークの「科学的楽観主義」は、決してツッコミどころ満載のノーテンキなものではない。「科学という方法を使ったら、こんなこともできる、あんな考え方もできる。実現するには、これとこれを研究してみたらいいんじゃないだろうか。そうしたら、次の段階ではこんなことさえ可能だ。それは我々に『できること』なんじゃないか」と提言するような、冷静で穏やかな、狂信的でない楽観主義だ。

クラークはまた、イデオロギーや信仰、思想、歴史を背負った文化というものを決して「蒙昧」扱いしない。それらは敬意を払うべきものであり、「生きているもの」ではあるけれど、でも、どんな思想信条を持った者にも同じ結果を突きつける科学という視座を取り入れたら、あるいは人類以外の知性、地球外の視点というものにまで考えを広げてみたら、我々はお互い、今まで思っていた以上に気持ちよく協力して、抵抗なく妥協できるんじゃないだろうか、と、やはり、狂信的ではない態度で提言しているように思える。

『楽園の泉』も、単純な読み方をすれば、科学が古い宗教を追い払って、地球外の高度な文明にも認められるような輝かしい未来を築きました!というふうに読めなくもない。が、実際には、数千年の歴史を持つ文化は人類にとっては付け焼刃とも言える科学とは比べ物にならないほど老獪であり、強い生命力を持っていることをクラークはよく分かっていて、それは綿密に描かれている。ゴールドバーグ博士は科学という手段で寺院を守ろうとして、結局はその科学によって歴史という大地に墓穴を掘ってしまう。あのカーリダーサの梵鐘が鳴らされるシーンが私にとっては『楽園の泉』のクライマックスかなあ。もうね、その後のモーガン博士の命をかけた冒険はオマケだわと思っちゃうくらいだ。

クラーク自身がその出来に満足していたという映画版『2010年』でも、やっぱり、どれか特定のイデオロギーが「勝者」になるのでもなく、科学至上主義は信仰やイデオロギーといったような「蒙昧」を黙らせるべきものではない、ただ、科学や地球外の生命という視点を持ったなら……と、静かに確信に満ちて提言しているように思える。あれを最初に見た時(1985年かな)には、「なぁんだ、『2001年』に比べたらフツーのえすえふじゃん!」と思わんでもなかったけれど、やっぱりね、もうちょっと大人になってから見ると、それはそれ、これはこれでよいものだと思うことです。

「外交というものは、一方的に利益をあげればいいというものではなく、長期的な関係を築くために、双方に利益が出るようにすべきもの」と云うた人がおりますが……まあ、その発言意図自体に多分に戦略的なものはあるでしょうけれど(外交官の言うことなんか100%真に受けるやつはおらんわー(笑)<っていう、こういう考えもクラークの小説から感染った気がする)、その言葉そのものは真理だと思うし、それは政治レベルだけではなく、我々個々人が意識すべきことではないか……と、また『2010年』のDVDを見ながら思ったことです。また見たんかい(笑)。ええ見ましたとも。メイキングの映像で四半世紀前のクラークが動いて喋ってますがな。まあそれはともかく、この本と映画でも、思想の違うもの同士の共存のためには科学という方法論や、地球外の視点という仮定は役に立てるかもしれないよ……と、クラークがあの端正な語り口でそう言っているような気がするのでありますよ。

それにしても、HALが真実とチャンドラ博士の誠意を受け入れるシーンは、何度見ても泣けますね……

我々は皆、ちょっとずつクラークにならないといけない。何しろ我々は、もはやクラークが存在しない世界で生きていかなければならないのだから。そう、アーサー・C・クラークもカール・セーガンも存在しない世界で……

SFマガジン、今頃追悼特集のために忙しいだろうなあ(あの人とかこの人とかと並んで、すでに準備万端だったり、などという冗談もございますが)。数年前のクラーク特集の時と違って、ソレ系の若手も増えたことだし、思いっきり文系の私になんかもうお鉢は回って来ないだろうなあorz ま、しょうがないすね。ブログに好きなだけ書けばいいか。去年読み返した時、私の歴史改変の原点はもしかしたら『楽園の泉』だったかも、と思ったんで、その件については、いずれまたここに書きます。何しろネットってのは、事実上世界に向けて発信してるわけだし。うーん21世紀。でもこたつ(笑)。

2008年3月20日 (木)

クラークを共にした仲

おおおおお、「友人」と呼べる人たちのブログがクラーク一色になっている。約40年間、私がどのような交友関係を築いてきたのか一目瞭然ですね。

冬樹蛉さんが書いた「これからは、クラークのいない世界で暮らさねばならないのだ」という言葉、私、昨日、夫が帰ってきた時にまーーーーーーーったく同じセリフを言いましたよ。考えることが一緒だ……

これがかずめさんのいう「クラークを共にした仲」っちうやつでしょうか(笑)。

2008年3月19日 (水)

【訃報】アーサー・C・クラーク

Arthur C. Clark dies

Artclarkeobitgi 今日の早朝にスリランカの病院で亡くなったらしい。享年90歳。ニュース速いなあ。ネット時代恐るべしである。

アシモフ、クラーク、ハインラインのうち、一番好きだったのが端正なクラーク。私自身は「科学による明るい未来」みたいなビジョンは十代のうちに揺らいでしまったんだけど、それでもやっぱり、心の奥深くでクラークがアンカーになってくれている気がする。

クラーク作品のうちで一番好きなのはやっぱり『楽園の泉』かなあ。去年も読み返してた……。人生でマックス読み返し度が高い小説の一つでもある。

それにしても……そうかあ。この人でも死んだりするのね。死なないかと思ってた。手塚治の時もそう思ったけど。でも、ある意味どちらも「不死」を獲得した人と言えるでしょう。

充実した人生だったし、長生きだったし、大往生と言えるだろうし、ある意味「不死」だけど、でもやっぱり悲しいな……。人間の感情ってのは理不尽なものでございますよ。

聖山の頂の寺院に立つ科学者のイメージの人。今まさにそこに立ったのか。それとも、そこから軌道上に延びる宇宙エレベータに乗ったのか、それともさらにその先の……。彼が「あの世」を信じているかどうかはともかく、理不尽なる感傷を持った人類の一員として、「冥福」をお祈りさせていただきます。合掌。

2008年3月17日 (月)

字が分かりませんorz

クレムリンが雌のマウス3200匹購入、用途めぐり憶測

[モスクワ 14日 ロイター] ロシアのクレムリンの保安当局が、雌ばかり3200匹ものマウスを購入しようとしていたことが分かり、その用途をめぐってさまざまな憶測が出ている。

 購入の条件は、体重18グラムまでの雌の白いマウス。クレムリンでカラス退治のために飼われているハヤブサのえさ用という憶測も出ていたが、当局者は「もっとほかに考えるべき大事なことがあるだろう」とし、このうわさを一蹴した。地元メディアは、ガスなど毒物のテストに使われる可能性なども指摘している。

これは、あれじゃん。壷に閉じ込めて共食いさせて、生き残ったやつが……っていう、あれ。それしかないって。

それでチェチェンに送りつけるのか、ホワイトハウスに送りつけるのか、それとも……ああっ何だ君達は何をする私ロシア語分からn……

2008年3月 8日 (土)

鳥居みゆき@Pink Big Pig

歌舞伎町のエンターテイメント・カフェPink Big Pigというところで鳥居みゆきのライヴがあるというので、結局行ってしまいました。いやその、だってともだちがふたりぶんよやくしちゃったっていうんだもん。私が行くって言い出したわけじゃないですよ(笑)。

さすがに満席。先月末までにはすでに埋まっていたらしい。当然、席なんか皆相席なわけですが、これがみんなとりみーファンで埋まってるわけですな(笑)。立見席なんてのもありました。

前座と司会はツインズという、若いイケメン二人のユニット。ふーん。双子の芸人ってけっこういるのね。「ザ・タッチじゃなくてすいません」って(笑)。こちらもなにげに放送できない系のネタ(下ネタじゃないけど)。

とりみーのネタは「忍者」「ウサギとカメ」(「眠らない街、新宿歌舞伎町……」ですから、いわばご当地ネタか(笑))、「隣の家に囲いが……」「人形劇(ショートヴァージョン)」。あとはネタなのかアクシデントなのかアクシデントをネタ化したのか、衣装がもたついて、最後に「何だこれは!」とキレる、をやってました。そして「さっき楽屋で『今日はみんな♪ヒツトエンドラ~ンを見に来たんですよ』って言われたんで、昔のネタをやります」と……。微妙な角度で腕を挙げてしゃがんだだけで大ウケ。おおお、みんな予習してますねえ(ようつべで(笑))。そう「妄想結婚式」でした。始まる前からみんな分かってウケたのには、本人もちょっとびっくりしたような顔をしてました。

その後、サイン入り縫いぐるみ等を賭けてのジャンケン大会。「私、ジャンケンできないかもしれません」、「(司会)な、なんでですか……?」、「最近、ややっと『三』が出せるようになったんですけど」って(笑)。私は初回敗退orz 

このステージの前に、「たけしの誰でもピカソ」の収録をやってたのだそうです(いつ放送だ?! 要チェック)。「ちょっとやらかしちゃったんで落ち込んでるんですよ~」、「(司会)えええっ?! 何をやったんですかっ?!」、「別に」って(笑)。

料理も美味しかったし、みんな「分かってる」人ばかり来ていたので楽しゅうございました。またライヴとかあったら行ってしまいそうで怖いな……

2008年3月 4日 (火)

Robot Ghosts and Wired Dreams

Bookrobotghosts

ロシアの大統領選は……あ、別に言及する必要ないですね。「そのまんま」ですからね。「メドベージェフ チェブ」とか「メドベージェフ 似てる」とかで検索に来る人が増えました(笑)。

情報が遅くてすんません。おそらく世界初であろうという、英語による日本SF&アニメの研究書、Robot Ghosts and Wired Dreams: Japanese Science Fiction from Origins to Anime by Christopher Bolton (Editor), Istvan Csicsery-Ronay Jr. (Editor), Takayuki Tatsumi (Editor) (Univ Of Minnesota Press, November 15, 2007)で、『ヴァスラフ』を始めとして数冊の著書に言及していただきました。

該当項目の執筆は小谷真理さん。小谷さんはああ見えても(って、めっちゃ失礼な言い草やんけ!)「おともだちのよしみでこの人のことも書いてあげよう」みたいなことはやらない、評論の対象に対してはかなり厳しい目を持った方なので、ここで取り上げていただいたということは、作家として、相応の作品として認めていただいた上でのことだと誇っていい……んですよね、どきどきどき。小心者はびびるのでありますよ。こういうの。どきどき。『ヴァスラフ』の書映まで載せていただきましたですよ。ほぼ実物大ですよ。アメリカの学術書のサイズってでかいのよね。日本だったらこの手のものって半分サイズだよね。さすが米袋のようなポテチ売ってる国だよね、って、そういうところに感心している場合か。

自分で英語で執筆するとか、翻訳者やエージェントを雇っちゃうとかできないので、英語圏ってまだ「夢」って感じの世界なのですが、それまで無縁だったこの世界に、これでようやく触手が一本届いたくらいの感じでしょうか。

あとは興味を持ってくれているヨコ文字圏の仲間と地道に頑張っていくしかないすねえ。あと『赤い星』の国内版を早くなんとかしないと……

自分のことはさておくとしても、まだ系統立った「論」というものが不足のままモノばかりが流入しているロシア、ヨーロッパでも是非、翻訳して欲しいところです。とりあえずペテルブルクの出版社に送っとこう。というかですね、誰か日本語版出しませんか(笑)? なかみはまだじぶんのがいとうかしょと、じょぶんしかよめてないです。だってえいごでかいてあるんだもん(<ヲイsweat02)。

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