ロシア文学と映画
これもまた「誰がつけたんじゃ」というタイトルですが……
ちうことで24日火曜日、文京シビックセンターで『少年たち/「カラマーゾフの兄弟」より』(1990年/レニータ・グリゴリーエワ&ユーリー・グリゴリーエフ監督)+亀山郁夫&沼野充義トークと、『私は二十歳』(1962年/マルレン・フツィーエフ監督)の上映なんていうのがありました。私は投薬ローテーション上どうしても変更できない予約が病院に入っていたので後半のみ参加。
『少年たち』は、『カラマーゾフ』のイリューシャのエピソードのところだけを抜き出して映画化したもの。さすがにあれを全部映画化するのは難しいですわな。原作に忠実に映画化するというのが監督の長年の望みだったそうで、ペレストロイカ後にようやく実現したのが本作。そうであるだけに、原作再現度はめっちゃ高いらしいです(私は見てないんで、歯切れの悪い話ですんません)。ちなみにいじめっ子コーリャ・クラソートキンを演じているドミトリー・ドストエフスキーは、ドストエフスキーのマジ子孫だそうです。
「亀ちゃんVSぬまのっち」デスマッチの第二ラウンド(司会はウチのセンセイ、井上徹でした)は……あんまりデスマッチじゃなかったらしい。さすがの亀山さんも日曜日のシンポジウムでアドレナリンとセロトニンを分泌し過ぎたのか。録音でもしといてもらえばよかったなあ。
そして最後の『私は二十歳』ですが……さすがに198分は長いよ……orz いやしかし、そうであるだけに今回見なかったら一生見なかったかも。早い話、若い男女が出会ってから別れるまで、みたいなストーリーなわけですが、ソ連のいわゆる「雪どけ」期の世代間の考えの違いや若手芸術家の活動等が織り込まれていて、それ自体が要ともなっている映画。
「若手芸術家の集い」のシーン(詩の朗読を延々とやるわけですよ、これが!)には、ヴォズネセンスキーやエフトシェンコ等本人が出演。トリで歌ったオクジャワ……わ、若い……(当たり前)。実は若い頃のタルコフスキーなんかも端役で出ているらしいんだけど、さすがにこれは分からなかった……
しかし、何よりも映像と音が美しいですね。私は視覚芸術に関しては今ひとつ鈍感かもしれない系の人間ですが、これは美しいと思った。カット割りは長くて、こういう映像作りってタルコフスキーやソクーロフにつながってゆくのだろうか、と思うところもあり。音響も、音楽のみならず、効果音すべてにわたってかなりこだわって作っている様子。とても60年代初頭とは思えないいい音。
実はこの映画、ペレストロイカ後に作ったディレクターズ・カット版があるらしい。うーん。しかし……どうなんだろう。見てないから何とも言えないんだけど、この「雪どけ」時代ヴァージョン自体、作品としてとても優れていると思うので、果たして思想的に自由な状態で監督の思い通りに編集したからといって、「作品として」これ以上に優れたものになっているかどうかは保証の限りじゃないとは思う……
平日の企画であったにも関わらず、延べ500人ほどは来場したそうで、イベントとしてはけっこう成功であった様子。『私は二十歳』の入場者も、わりと若い人が見に来てたのでした。よ、よかった……
その後、映写にタダ働きで協力してくれた(アキバで知る人ぞ知る)千田浩司さんと井上と私でラクーアのインド料理を食べに行ったら……ドームの巨人戦は終わっていないらしくて、ついにラクーアの飲食街は混まないままオーダーストップ。ううむ、こちらも平日なのにお疲れ様でした……
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。


コメント
日本で公開されたのは、ペレストロイカ時代に再編集されたディレクターズ・カット版で、この日に上映されたのも、そのバージョンです。このバージョン、どうも80年代に再編集したものを、さらに再編集して長くなっているようなのですよね。
投稿: いの | 2007年8月 2日 (木) 06:50
えええっ! そうだったの?
映画でも音楽でも小説でも再編集して長くなるってたいていダメ化するもんですが(いやまあ『アマデウス』がどうだとか言いませんけどね~)、それで良くなるってスゴイ(汗)。しかもこんな何十年も前の自作に手を入れていいものができるなんて……
スゴすぎますね。戦慄です。
最近、いろんなヴァージョンを合体してブルックナーの三番を超長いやつにしちゃった指揮者がいますが、怖すぎて聴けない……
投稿: ふみお | 2007年8月 2日 (木) 12:55