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2006年10月31日 (火)

レコ芸12月号

とかいって落ち込んでいたので忘れるところだった。先週、クラシックのCD専門誌『レコード芸術』(音楽之友社)の「パウゼ」のコーナーの取材をうけてまいりました。これは各界の有名な人や「それなりの人」に好きなよーに語らせてCDのオススメも好き勝手にさせてくれるという豪儀なコーナー。必ずしもクラシックを聴く人ばかりじゃない雑誌だと及び腰になりますが、もう、レコ芸だしね、ってことで、まにやっくなCDをオススメさせていただきました。

発売日は11月20日。写真がなあ……。いかにプロの写真家さんが撮ったとはいえ、被写体が「そうでない方」なので「それなりに」でしょう……

2006年10月23日 (月)

「我は彼の名を告げん」

いつもバッハ・カンタータ・アンサンブルのチケットをヴィオラ奏者の小林直樹さんにいただいているのですが、昨日もそのパターンで定期演奏会に行ってきたのでありました。

第23回演奏会の演目はカンタータの163番、151番、200番、134番。この200番〈我は彼の名を告げん〉というアルトのアリアは、発見されたのが20世紀になってからということもあってけっこうレアな演目だそうで。うう。世俗カンタータっぽい華やかさがあってええ曲や~。

バッハ・カンタータ・アンサンブルというのはマジでアマチュアの団体なんだけど、もうみんなバロック弓、ガット弦使用は当たり前になっているというスゴイところ。チェロなんか二人とも、エンドピンもへったくれもないバロック・チェロだし。私が10代の頃にもアマチュアのオーケストラやサークル、合唱はあったけど、「ま、シロウトなんだし、大目に見てやってね」という雰囲気ありありでやってたよねー。まあ今はネットで情報もお道具類も簡単に手に入るようになったこともあるんだろうけど、「どうせシロウトだから」などとは全然考えないでやっている人が増えてきたような気がする。ええこっちゃと思う。そもそも私なんかは、音楽のプロなんてほんの少数いればいいのであって、それ以上にアマチュアの「けっこうデキる人」があちこちに偏在していて、アマチュアが集まってもかなりの演奏ができちゃう、という状態が理想だと思っているので、こういう「お付き合いで聴きに来る」んじゃなくて「鑑賞しに来る」レベルのアマチュア・サークルがいてくれるのはマジ嬉しいのだった。

最近自分でもバッハのアルトソロの曲が自分には一番合ってるんじゃないかと再確認したところなので、もうちょっと真面目に練習しようかなと思ってないこともないです(奥歯にものが挟まったような言い方)。200番の楽譜も買っちゃおう(買うだけ、にならないようにね……)。来年はねえ、演目はどうなるか分かんないけど、友達とちょっとコンサートもどきなことをしよう、という話も出ているのでありました。

しかし……

さすがに最近、二十代頃より歌詞の覚えが遅いっすよ……orz

2006年10月21日 (土)

スゴ過ぎるカザフのお金

http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/asia-pacific/6064864.stm

旧ソ連の(と、いちおう言ってみる)カザフスタン共和国で新札を発行した……のはいいんだが、「銀行」の綴りが間違ってるそうな。

しかも、すぐに流通を止めないで、11月に(!!)正しいお札を発行して徐々に入れ替えてゆくのだそうだ……

紙幣にミスプリってのも驚くけど、ま、ちゃんとしたやつも後で作るからさ、都合のいいところから入れ替えようよ、って言うのもスゴイ。

かつて井上がカザフの日本大使館にいた時のこともろいろ聞いてきているけど、これはかなり大物の部類に入るんでは。

はっ、それとも、外国のコレクターがコレと引き換えに外貨を置いてゆく……を夢見てるんだったり(笑)。

2006年10月19日 (木)

裏切るって

歌手の槇原敬之(まきはらのりゆき)さん(37)が作詞・作曲し、人気デュオ・CHEMISTRYが歌う新曲「約束の場所」の歌詞に対し、漫画家の松本零士さん(68)が自作「銀河鉄道999」からの無断使用だと、槇原さんに謝罪を求めていることが19日、分かった。

松本さんによると、今月はじめ、この曲の「夢は時間を裏切らない 時間も夢を決して裏切らない」という歌詞が、自作に登場する主人公のせりふ「時間は夢を裏切らない、夢も時間を裏切ってはならない」に酷似しているのに気付き、CHEMISTRYが所属するレコード会社に電話で抗議した。

(読売新聞 - 10月19日 14:41)

だそうで。

うーん。やっぱり、作者が自分から言い出しちゃうのって、結局その作者が損をしちゃうような気がしないでもない。もったいない。

どっちにしても、時間やら夢やらそんなに信じたらあかんて。悪いこと言わへんから、おばちゃん言うこと聞いとき。オトコも夢もそんなに信じたらあかん(笑)。特に、こういうこと言うオトコはどっちも信じたらあかん(笑)。

2006年10月17日 (火)

土浦花火大会!

打ち上げる系のお祭りではこっちも負けてないもんね。

知る人ぞ知る秋の花火、土浦全国花火競技大会。もう土浦なのか全国なのかわかんないネーミング。単に見物する系の花火大会ではなく、花火師たちの競技会でもあるので、今年の花火大会が一通り終わった頃に行われる。ここで評価の高かった花火は来年、全国で見られるかもしれないのだ。

基本的に10月の第一土曜日にやるのだが、地元からの情報によると今年は台風(?)で土曜日が流れ、それで桟敷席がぶっ壊れて翌日曜の延期も流れ、14日にようやく開催されたとのこと。やっぱり今頃打ち上げてこそ花火らしい、と土浦人は思ってしまうんだよなあ。真夏のくそ暑い時に隅田川だの何だのって、そんなの全然気分出ないじゃん。そんなの花火大会っぽくない!

今年はデイリーポータルZの取材も来たようだ。デイリーポータルZ「秋の花火大会」

しかし公式サイトがいつの間にか出来てて、いつの間にかものすごく立派になっていたのには驚き。花火グッズ販売のページまで! おお! このTシャツ欲しい! 手拭いも欲しい! シールも欲しい! 文字グッズだからだろうか(笑)。ネクタイは……ううむ、オットがこれをして仕事に行くといったら、止めるね(笑)。Tシャツ欲しいなあ。スゲー欲しい。マジ欲しい。今度実家に行ったら買ってこよう。

地元にいる時は、食事や見たいテレビの合間にテキトウに外に出て(要防寒)、バイパスの上の陸橋とかからテキトウに見るだけで、桟敷席を買ったりして「ちゃんと見に行った」ことは一度もない。一度くらいはチケット買おうかな、と思わんでもないけど……徒歩以外の交通手段が通用しなくなることを考えると、見に行くとしても、やっぱり実家の近所からテキトウに見るだけになっちゃうんだろうなあ。ま、それはそれで地元っぽくてよろしゅうございますか。

しかし……。見物人80万人ってマジ? 本当に本当に80万人? 一ケタ間違ってたりとかしないよね? ちなみに土浦市の人口は14万人ほどでございます……

2006年10月16日 (月)

ツィオルコフスキーご覧あれ!

テレビつけっぱでアイロンがけをしていたら、こんなのを見た。

秩父龍勢祭り

別名、秩父ロケット祭りだそうで。基本的に竹に火薬筒をつけて打ち上げるロケット、「龍勢」を奉納するお祭り。成功すれば300mとか400mとか飛ぶらしい。起源は16世紀にさかのぼるとか……って、マジですか?!

テレビで見てもスゴかったけど、実際その場で見たらどんだけスゴイだろう。いいなあ。見たいなあ。

龍勢祭りって、他にも静岡とか滋賀でもやってるのね。これ、いったんハマったら大変なことになりそうだ。

2006年10月14日 (土)

「じ」のTシャツ

池袋ハンズで「気」のペンダントを買った。その後渋谷で「塩」のTシャツを買いそうになり、突然気がついた(ちなみに「塩」Tは書体がイマイチだったので買わなかった)。

私は文字グッズに弱くないか。

それは今に始まったことではない。学部生の頃すでに「大入り」の巾着(茨城大学のオリジナルグッズ)をいつも持ち歩いていたし、初代のフランス語の辞書には「仏蘭西 与太郎」の千社札シールを貼っていた。この辞書はあまりにもボロくなったので代替わりさせたが、このシールは惜しかったなあ。もっと買っておけばよかった……orz ちなみにドイツ語の辞書に貼られた「伯林 健」のシールは健在。いかにドイツ語を勉強しなかったかバレバレですねorz 

2年前の新撰組ブームのさ中にもらった「虎徹」Tシャツは前から見るとカッコイイのだが、裏がダサくて着られない。いっそ縫製をほどいて裏身頃を無地の黒Tシャツと取り替えちゃおうかなと思っているけど未だ実現に至らず。日記的用途に使っているノートは「大入」(でも発掘しないと出てこなくなった)。現役うちわは「祭」(ロフトで200円だった)。

去年の夏ハンズで見つけた「風林火山」の扇子は……うーん。色がイマイチ。紫色……。買うかどうか悩んでいるうちに夏が終わった。今年も見かけたが、また悩んでいるうちに商品入れ替え。あの色がなあ……。藍染めとかだったら即買いなのに。

これら文字グッズの最大の難点は、多用できないことですかね。「虎徹」Tシャツに「気」ベンダントではなんかわざとらしいし、そこに「風林火山」の扇子を入れるわけにはいくまい。

でもやっぱり来年も「風林火山」売ってたら悩むんだろうな。買うかもしれん。

有名な「アジアのいかしたTシャツ」というサイトがあったりするのだが、もしかして自分の英語やフランス語もこんなだったりして、と思うと、ちょっと笑えないかもだ。

ところでロシアつながりの友人Mがペテルブルクで見た「一番スゴイ漢字Tシャツ」は「千島」と書いてあったそうな。……これ、笑っていいの? でも漢字で書くのを認めたらロシアの負けじゃん。いいのか?

私はパリの郊外のフトン屋(マジ)で、筆文字ででっかく「畳」と書かれた掛け布団を見た。これは思いっきり間違えているのか。それとも信念に基づいているのか……

しかし最近、フランスではネットでそれ以上のものを売っていたらしい。赤い地に白抜きで「」と大書してあるという。友人の友人(日本人)が気づいて買おうとしたが(マジ?)、あっという間に売り切れたらしい。フランスの皆様には、信念に基づいてお召しになるか、一生事実を知らないままでいられるか、どちらかであることをお祈りしたい……

少なくとも、日本に着てくるのはやめてほしい……

2006年10月13日 (金)

Duel of the fates

何だかんだ言ってジョン・ウィリアムスの音楽が好きだ。

SW新三部作は旧作に比べてコンサート・ピースになる曲が少ないので寂しいけど、でもまあ、ちょっと自分なりのベスト盤でも作ってみようかな、と思ってメモをしながらサントラを聴いていたら……

ふと手元の神を見ると……

Duel of the fats

うわー! そんなSWはイヤだー!

John_bolton ところで話はめいっぱい変わるけど、最近、北朝鮮の核実験?がらみでテレビに映る機会が増えた、アメリカの国連大使ジョン・ボルトン氏。この人が手塚マンガのキャラっぽく見えるのは私だけではないはずだ。いつ日本語のフキダシが出るか、いつヒョウタンツギが出るかと思うと、画面から目が離せません(笑)。

2006年10月11日 (水)

まるっとお見通しだ!

場所だけはね。

Ncorea1北朝鮮の核実験場、どうやらここらしい。

情報の入手先がバラバラなので、ここと一致するかどうかか今ひとつ自信がないんですが、「北緯41度16分、東経129度05分」てのが最有力だとか。

Ncorea2

いやあ、家庭で一介の腐れ兼業主婦がこんなものを見られてしまう時代になっちゃったんですね。

2006年10月 8日 (日)

あなたの○○になりたい……

「チャングム」、相変わらず録画して見まくってます。このテのドラマはいずれにせよご都合主義で出来ているのは承知ですが、それにしても上手い。うーん。こういうふうに長編を書いてみたいと思ったり。

それにしても、男はみんなチャングムに惚れちまいますのう。まあ当然かもしれないけど。医務官の一人、チョ・チボクに至っては「チャングム……蝶のようなお前がとまる花になりたい……」と呟く始末。いや、チャングムが蝶なのはいいとしても、花かよ! お前は(笑)! 

で、この手の台詞を聞くと脊髄反射で思い出すのが、妹の友人でフレディ・マーキュリーの超ファンだったさるおなご様の言うたことね。彼女は

「フレディが歩く地面になりたい……」

と言ったらしい。ううむ。スゴイ(笑)。

あ、私ですか? 私はねえ……うーむ、そう、もしミュージシャンになれるんだったら、マドンナやブリトニーに並ぶような大スターになるより、トレヴァー・ホーン大先生から毎回お声がかかって何十年も一緒に仕事をするようなスタジオ・ミュージシャンになりたいっす(笑)。

ただそれだけです……オチは無いです……

象を連れて来い!

東京大学文学部の西洋近代語近代文学専修課程が来年度から現代文芸論専修過程として再編される節目に、ということで、「文学を読む/翻訳する/研究する」と題されたシンポジウムが本郷キャンパスで行われました。パネラーは三浦雅士、大橋洋一、柴田元幸、沼野充義。このメンツを「けっ」と思うか「おおっ」と思うかで行く・行かないはほぼ決まるでしょうなあ。私は「けっ」とも「おおっ」とも思わなかったけど、相方にくっついて、銀杏臭い本郷に行ってきました。とりあえず沼野さん喋るし。ぬまのっちダチだから(笑)。マブダチだから(笑)。

文学部1番大教室という広いところを使ったにもかかわらず、座りきれないほどの入り。学部生かと思われる若い人たちも多い。話はまあ……なんちうか、シンポジウムそのものが「21世紀にも文学部って必要だよね! ほら、こーんなに必要!」という主旨なので、偉大なる将軍様マンセーな内容になるのは、まあ仕方がないとして(汗)。大橋さんの「文学専攻でない人が書いた文学評論の本にはこんなに間違いが! 引用文も原文に当たってないし、作家の背景についても何も調べてない!」とか、柴田さんの「翻訳をただ翻訳ソフトのようにやる『作業』だと思っている若い人が多い。が、翻訳は『解釈』を経てこそ可能なもの。語学だけ身に着ければできるというものではない」等々の御言葉が続く。すんません、三浦さんの話──言語の肉体化、「腑に落ちる」ということ云々──だけ、私にはなんか「腑に落ちなかった」です。

いちいちごもっともで、反論する気はないんだけど、なんちうか、分析とか文学評論って、つくづく書いてる人間を蚊帳の外にしてやるものなんだなあ、と思わずにはいられない。もっとも、てめえの書くものなんざ単なる娯楽で、文学とは程遠いのだから蚊帳の外なのは当然だと言われてしまえばそれまでだけど。

沼野さんはそういう書き手が蚊帳の外なのはよくない、できるだけ書き手とも接触を持ちたい、という論調。アメリカの大学で露文の教授にナボコフを連れてこよう、という案が出た時、露文学者ヤコブソンが「ゾウの研究をするのにゾウを教授にする必要はない!」(何で象なのかというと、アメリカのいわゆる「エレファント・ジョーク」ちうやつです)、とか何とか言って反対したという逸話を引用して、沼野さん的には、「ゾウばっかりになっちゃっても困るけど、ゾウも連れて来たい」と。

しかしぬまのっちの話の中でも、『ロリータ』の冒頭の、ロリータの名前の発音について書かれている部分は、みんなあまり指摘しないけど英語ではなくロシア語の発音が念頭に置かれている、ナボコフほど両方の言語に精通した人でも、ふとした時に潜在したロシアが現れてくるのではないか(だから、作品を真に深く理解するには文学部の研究者としての修練が必要、というところに向かうわけですよね、この話)、なんてのを聞いていると……

よほど超人的な「文学部の研究者としての能力」を発揮しないと作品の真の理解はないってことかなあ……そうかもしんないなあ……と、なんか心細いキモチになる。

さらにぬまのっちは、ブラート・オクジャワの「アルバート通り」という詩に出てくる「他の4万の道」ということばの「4万」の意義について語っちゃったりして、なおさら暗澹。もう、よほど微に入り細を穿って書かれた言葉の一つ一つにまつわる知識に精通しないと文学作品の理解には到達しないんじゃ……という、どうしようもない突き放され感。

しかし、ぬまのっちはオクジャワの詩を引用するだけじゃなくて、何を思ったのか、オクジャワが歌ってるフィルムを上映。それが……なんちうか……

直撃だったのですよ。オクジャワの故郷にしてその象徴とも言えるモスクワのアルバート通りを感傷的に歌った歌なんだけど……直撃ですわ。私はロシア語は文字と発音がうっすらと一致する程度で、とても「分かる」とは言えない。そのわかんねーロシア語の発音の歌を聴き、日本語に訳された逐語訳を読んだだけなのに、何なんだ、この、自分の今までのリアル体験にはなかった郷愁めいた感傷は。こんなもので本当にオクジャワを「理解した」とは思わないけれど……「真の理解」なんて、一緒に生まれ育った兄弟姉妹や、母語を同じくする長年連れ添った夫婦にも本当にあるとは言えないんだし。しかしその歌を聴いていると、これまで自分の中にはなかった郷愁や、自分で見てきたモスクワや、オクジャワが大好きだったという評論家の友人──と言ってしまっていいだろうか──故レフ・シーロフさんのこととか、いろんなものがいっぺんに湧き出してきて、本当にもうたまらない気持ちになったりしたのだった。物理的な長さは2㎞ほどであるアルバート街に向かって「君を歩き通すことは僕には出来ない」と歌う気持ちが切実なものになってしまう。なんでこんなことになっちゃうのか。

やっぱり、文学の理解において専門的な教育を受けた評論家なんて要らないんじゃ……?

あ、いやその、ええとですね、しかし、私も露ヲタの一人としてちょっとは知識・教養は蓄えてきましたし、ロシア語分かんねぇとは言っても、ちょっとは勉強したし……文学部的な教養あってこその感動だったのかもしれないってことで、ここはひとつ。今日の結論は「ほら、やっぱり21世紀にも文学部は必要ねっ!」ってことでカンベンして下さい(笑)。

なんてことを考えつつ、銀杏臭い本郷を後にする。ケータイをチェックすると友人からメールが入っていた。

「史緒ちゃん、銀杏いらない?」

いらない……orz

2006年10月 5日 (木)

ペテルブルク幻想……

というか、ほとんど「幻覚」ですね。

今年もペテルブルクの出版社、テラ・ファンタスチカからストラーニク(ロシア幻想文学会議)への召喚の呪文が来ました。しかし、今年はどう考えても無理だ……。毎年ヨソの国に行けるほど儲かってないすよ、この商売。特に今年は思いっきり病人だったのであんまり働いてないし……。それに何と言っても、去年行った面子四人のうち三人が即答で不参加表明。一人はドクターストップ、一人は休暇取れず、そして井上はばっちり日程が重なっているところでロシア・アニメーションについての講演をするのだった。よりによってロシアネタで講演かあ! そういや今年はオデッサ行きも流れたんだよね。つくづくめぐり合わせが悪いなあ……

手段を選ばなければ私一人行くことはできなくもない様子だけど(不明朗な憶測)、正直、一人でロシア行く自信ないっす。モスクワでの乗り継ぎさえちゃんとできるかどうか怪しい(恐ろしげな体験談しか聞いたことがない……)。それ考えると、英語が苦手だのフランス語もわかんねぇだの言ってても、フランスなんかは行きやすいよね……。ロシアとフランスとどっちが好きか、と言われれば、正直、ロシアのほうが好きだったりするし、過去三回行ってるけど、しかし……やっぱりロシアって「ザ・よその国」って感じだ。いつまで経っても。悲しい。

この数日間、何としてでも行く、という方向でぐるぐるして、大天使ミカエル様召喚の呪文のことを考えてましたが、今日、突然諦めモードに突入。

なんかペテルブルク関係って、みんな最後には幻になっちゃうんだよなあ、私にとって。というかロシア関係全般が最終的には幻になっちゃう。何というか、永遠の片思いかなあ……。一瞬だけ微笑んでくれた瞬間があったけど……それも幻か……。テラ・ファンタスチカに行っている(はず)のロシア通商代表部からの通達も行ってないというし。うわあ、何処で止まってるんだろう? ま、まさか「えらい人」のところ……で止まってるんじゃなきゃ、もう、いいです……

そもそもペテルブルク自体が幻覚のような気がしないでもないですけどね(笑)。「ペテルブルクが幻となって消えてしまうのではないか……」という、ドストエフスキーちっくな感覚に捉われてみたりする。だって、あんな場所に石造りの都市があるわけないじゃん。きっと本当にそこにあるのは、凍りついた泥炭地とピョートル大帝の丸木小屋の残骸だけだよ……

うう。短い夢でした。非常手段だった最後の呪文も封印(何を召喚してしまうか分かんないし、召喚されたものが機能するか分からない恐怖もあるし)。ふっ、何を期待してたんだ>ぢぶん。

いや、ちょっと夢を見たかっただけです……

フョードル・チュッチェフの詩に曰く

    ロシアは頭では分からない

    いかなる尺度でも測ることはできない

    ロシアにはロシアの尺度があるから 

    ロシアは信じるしかない

というんですと。

た、確かに分からん(笑)! 分からなさ過ぎ!

2006年10月 2日 (月)

ミイラとマグロ

ミイラと古代エジプト展(国立科学博物館 上野本館)

http://www.kahaku.go.jp/exhibitions/ueno/special/2006/mummy/index.html

ミイラ祭りキターーーーーー!! (笑)

これ、二年前に大英博物館で見はぐったやつだよー! ぐやじー! 見たかった! と思っていたら、向こうから来てくれた(笑)。それどころか、日本独自の展示内容追加もあるそうだ。ラッキー!

しかし、喜びつつも微妙に躊躇するキモチがあるのも事実。なんたって、子供の頃から「怖い話」系の中で最もびびっていたのがミイラネタ。妖怪も吸血鬼も心の中で「でもやっぱり作ったくさいよね」と思ったりしてたけど、ミイラネタだけはダイレクトに怖かった。まあそりゃそうでしょう。ミイラという現物があるのは事実で、それが動いたり祟ったりするのかと思うと……ねえ。

ミイラが博物館から歩いて姿を消し……みたいなやが一番怖かったなあ。でも、今にして思えば、それって博物館員の誰かが闇マーケットに売っちゃったんだろうな(20世紀初頭でも、ミイラは「薬」としてけっこうマーケットがあった)。

……ということを考えていると、ちょっと思い出すのが葛西水族館。あそこって、開館当初はマグロが回遊する大水槽というのが売りで、行ってみたら本当にマグロの大群がぐるぐる回っててスゴイ!と思ったもんだけど、その五年後くらいに行ってみたらマグロは激減してて、回遊どころか一部で往復しているだけで……。それからさらに五年経った今、果たしてどうなっていることやら。

この話をすると誰もが一度は言う(そして私も水槽の前で思った)のは……ううう、ま、まさかそんなことはあるまいとは思うけど、でもね、ちょっと、どうしても思ってしまうんだけど……

まさか築地に流れてないよね?

そういや昨日、アマゾンに行ったら高野史緒著『ラー』をお薦めされちゃったよ(笑)。

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